「胸部」の解剖学(骨・関節・筋肉など)

解剖学の知識
胸部は、体幹の上部に位置し、心臓や肺といった生命維持に不可欠な重要臓器を保護する役割を担っています。

また、呼吸運動、体幹の安定性、上肢の動きの土台としても機能します。

骨、関節、筋肉、靭帯、関節包、神経、血管が密接に連携し、その複雑な機能を支えています。

この部位に特化した「支帯」という独立した構造は一般的ではありませんが、強靭な筋膜がその役割を果たします。

胸部を構成する要素

骨 (Bones)

胸部の骨格は、主に以下の骨で構成され、胸郭(きょうかく)と呼ばれるカゴ状の構造を形成しています。

  • 胸椎(きょうつい)- 12個: 脊椎(背骨)の中央部分を形成する12個の椎骨です。各胸椎は左右の肋骨と関節します。
  • 肋骨(ろっこつ)- 12対: 胸椎から胸部の前面にある胸骨に向かって湾曲して伸びる骨です。上位の肋骨は軟骨を介して胸骨に直接結合し、下位の肋骨は軟骨や他の肋骨を介して結合するか、または浮遊肋(ふゆうろく)として終結します。
  • 胸骨(きょうこつ): 胸部の前面中央に位置する扁平な骨で、肋骨と鎖骨が結合します。上から胸骨柄(きょうこつへい)胸骨体(きょうこつたい)、剣状突起(けんじょうとっき)に分かれます。
  • 鎖骨(さこつ)- 2個: 胸骨と肩甲骨をつなぐS字状の骨で、胸骨上部に結合します。

 

関節 (Joints)

胸部には多くの関節が存在し、呼吸運動や体幹の動き、上肢との連携を可能にしています。

  • 肋椎関節(ろくついかんせつ): 肋骨と胸椎の間で形成される関節で、呼吸運動の際に肋骨が動くことを可能にします。
  • 胸肋関節(きょうろくかんせつ): 肋骨と胸骨の間で形成される関節で、呼吸運動に関与します。
  • 胸鎖関節(きょうさかんせつ): 胸骨と鎖骨の間で形成される関節で、上肢の動き(特に肩の挙上など)の土台となります。
  • 椎間関節(ついかんかんせつ): 各胸椎の後方にある、上下の椎骨の間で形成される関節です。胸椎の動き(屈曲・伸展・側屈・回旋)をガイドし、安定させます。
  • 椎間円板(ついかんえんばん): 上下の椎骨の間にあるクッションのような軟骨組織です。衝撃を吸収し、脊椎の柔軟性を保ちます。

 

筋肉と腱 (Muscles and Tendons)

胸部の筋肉は、呼吸、上肢の動き、姿勢の維持など多岐にわたる役割を担っています。

 

呼吸筋(主要な筋肉)

  • 横隔膜(おうかくまく): 胸腔と腹腔を隔てるドーム状の主要な呼吸筋で、収縮することで吸気を行います。
  • 外肋間筋(がいろっかんきん): 肋骨の間にある筋肉で、収縮することで吸気を補助します。
  • 内肋間筋(ないろっかんきん): 肋骨の間にある筋肉で、収縮することで呼気を補助します。

 

上肢・肩甲骨を動かす筋肉

  • 大胸筋(だいきょうきん): 胸部の表面にある大きな筋肉で、腕を内転、内旋、屈曲させる働きがあります(腕立て伏せなど)。
  • 小胸筋(しょうきょうきん): 大胸筋の深層にある筋肉で、肩甲骨を下制、前方移動させる働きがあります。
  • 前鋸筋(ぜんきょきん): 肋骨から肩甲骨の内側縁に伸びる筋肉で、肩甲骨を前方に引き出し、上方回旋させる働きがあります(ボクシングのパンチ動作など)。
  • 僧帽筋(そうぼうきん): 首の付け根から背中の中央、肩甲骨まで広がる筋肉で、肩甲骨の動き(挙上・内転・下制・上方回旋)と姿勢維持に重要です。
  • 広背筋(こうはいきん): 背中の広範囲を覆う大きな筋肉で、腕の動き(内転・内旋・伸展)だけでなく、体幹の伸展にも作用します。

 

脊椎の安定化と動きに関わる筋肉(背中と共通)

  • 脊柱起立筋群(せきちゅうきりつきんぐん): 脊椎に沿って走行する筋肉で、体幹の伸展や姿勢の維持に深く関わります。胸椎レベルでも重要です。
  • 多裂筋(たれつきん): 脊椎の最も深層にある小さな筋肉で、各椎骨間の安定化や細かい動きの制御に寄与します。

 

靭帯 (Ligaments)

胸部の骨や関節の安定性を保つために、多くの靭帯が存在します。

  • 胸鎖靭帯(きょうさじんたい): 胸骨と鎖骨を結び、胸鎖関節の安定性を保ちます。
  • 肋骨の靭帯: 肋骨と胸椎、肋骨と胸骨の間を連結し、関節の安定性を高めます。
  • 脊椎の靭帯:
    • 前縦靭帯(ぜんじゅうじんたい): 椎体の前面を縦に走行し、脊椎の伸展を制限します。
    • 後縦靭帯(こうじゅうじんたい): 椎体の後面を縦に走行し、脊椎の屈曲を制限します。
    • 黄色靭帯(おうしょくじんたい): 椎弓の間を結び、脊髄を保護します。
    • 棘間靭帯(きょくかんじんたい)、棘上靭帯(きょくじょうじんたい): 棘突起の間や先端を連結し、脊椎の屈曲を制限します。

 

関節包 (Joint Capsule)

各関節(胸肋関節、肋椎関節、胸鎖関節、椎間関節など)には、関節を包み込み、関節液を保持して滑らかな動きを助ける関節包が存在します。

 

支帯 (Retinacula)

胸部には、足首や手首にあるような特定の「支帯」という独立した構造は一般的ではありません。しかし、筋肉を覆う強靭な筋膜(きんまく)が広範囲に存在し、筋肉の区画分けや保護、力の伝達に寄与しています。

 

神経 (Nerves)

胸部には、体幹や上肢、内臓の感覚と運動を司る重要な神経が走行しています。

  • 脊髄(せきずい): 脊椎の中を通る中枢神経の一部で、脳からの指令を全身に伝え、感覚情報を脳に送ります。
  • 脊髄神経(せきずいしんけい): 各胸椎の間から左右に分岐する神経です。
    • 肋間神経(ろっかんしんけい): 肋骨の間を走行し、胸壁・腹壁の皮膚感覚や肋間筋などの運動を支配します。
    • 後枝(こうし): 脊椎の深層筋や背部の皮膚感覚を支配します。
  • 腕神経叢(わんしんけいそう): 頸椎から出て、鎖骨の下を通り、上肢全体に分布する神経の束です。胸部の筋肉(大胸筋、小胸筋など)の一部もこの神経叢から支配を受けます。
  • 横隔神経(おうかくしんけい): 横隔膜の運動と感覚を支配し、呼吸に不可欠な神経です。
  • 交感神経幹(こうかんしんけいかん): 脊椎の両側に沿って走行し、心臓や肺などの内臓の働きを調節する自律神経です。

 

血管 (Blood Vessels)

胸部には、心臓から全身へ、また全身から心臓へ血液を循環させるための主要な動脈と静脈が走行しています。

 

動脈 (Arteries)

  • 大動脈(だいどうみゃく): 心臓から出て、胸部では胸大動脈(きょうだいどうみゃく)として脊椎の前方を走行し、全身へ血液を供給する最も太い動脈です。
    • 肋間動脈(ろっかんどうみゃく): 大動脈から分岐し、肋骨の間を走行して胸壁や背部の筋肉に血液を供給します。
    • 内胸動脈(ないきょうどうみゃく): 鎖骨下動脈から分岐し、胸骨の内側を走行して胸壁前面に血液を供給します。
  • 肺動脈(はいどうみゃく): 心臓から肺へ、酸素の少ない血液を送る動脈です。

 

静脈 (Veins)

  • 上大静脈(じょうだいじょうみゃく): 頭部、上肢、上半身から血液を心臓に戻す太い静脈です。
  • 下大静脈(かだいじょうみゃく): 下半身や腹部から血液を心臓に戻す太い静脈で、横隔膜を貫いて心臓に入ります。
  • 肺静脈(はいじょうみゃく): 肺から心臓へ、酸素の多い血液を送る静脈です。
  • 奇静脈系(きじょうみゃくけい): 胸部から腹部にかけて脊椎の側方を走行し、肋間静脈などを受け入れて上大静脈に注ぎます。

これらの要素が複雑に連携して機能することで、胸部は生命維持、呼吸運動、体幹の安定、そして上肢との連携といった多岐にわたる役割を可能にしています。