「お腹・脇腹」の解剖学(骨・関節・筋肉など)

解剖学の知識
お腹(腹部)と脇腹は、体幹の前面と側面を構成し、内臓を保護し、姿勢の維持、呼吸、そして排泄や出産といった生理機能に深く関わる重要な部位です。

骨、筋肉、靭帯、神経、血管が緻密に連携し、柔軟性と安定性を両立させています。

この部位には「関節包」や「支帯」といった独立した構造は一般的ではありませんが、代わりに筋膜や腱膜がその役割を果たします。

「お腹・脇腹」の解剖学(骨・関節・筋肉など)

骨 (Bones)

お腹・脇腹の骨格は主に以下の骨で構成されます。

  • 腰椎(ようつい) – 5個: 脊椎(背骨)の下部に位置する5つの椎骨で、腹部の後方に位置し、腹筋群や背筋群の付着部となります。
  • 肋骨(ろっこつ) – 下位の数対: 胸郭の下部を形成する肋骨のうち、特に第11、12肋骨は「浮遊肋(ふゆうろく)」と呼ばれ、腹筋群の付着部となります。これらの肋骨は、腹部の後方から側面にかけて位置します。
  • 骨盤(こつばん): 左右の寛骨(かんこつ)(腸骨、恥骨、坐骨が結合)と仙骨(せんこつ)、尾骨(びこつ)で構成され、腹部の下部を囲み、腹筋群の付着部となります。特に腸骨稜(ちょうこつりょう:腸骨の最上縁)は多くの筋肉が付着する重要なランドマークです。

 

関節 (Joints)

お腹・脇腹の動きに関連する主な関節は以下の通りです。この部位には、四肢のような明確な可動性の高い関節は少ないです。

  • 椎間関節(ついかんかんせつ): 各腰椎の後方にある、上下の椎骨の間で形成される関節です。腹筋群の働きと協調して体幹の屈曲・伸展・側屈・回旋を可能にします。
  • 椎間円板(ついかんえんばん): 上下の椎骨の間にあるクッションのような軟骨組織です。衝撃を吸収し、脊椎の柔軟性を保ちます。
  • 肋骨と脊椎の関節: 下位の肋骨は胸椎と関節し、呼吸運動を可能にします。
  • 恥骨結合(ちこつけつごう): 左右の恥骨が線維軟骨で結合した関節で、骨盤の安定性に寄与します。

 

筋肉と腱膜 (Muscles and Aponeuroses)

お腹・脇腹の筋肉は、体幹の安定、内臓の保護、呼吸、排泄、体幹の動きなど多岐にわたる役割を担っています。

 

腹筋群(体幹の前面・側面)

  • 腹直筋(ふくちょくきん): いわゆる「腹筋」で、肋骨から恥骨に走行し、体幹の屈曲(体を丸める)に作用します。腱画によって「シックスパック」に見えます。
  • 外腹斜筋(がいふくしゃきん): 腹部の最も表層にある斜めの筋肉で、体幹の回旋(体をひねる)や側屈(体を横に倒す)に作用します。
  • 内腹斜筋(ないふくしゃきん): 外腹斜筋の深層にある斜めの筋肉で、体幹の回旋や側屈に作用します。
  • 腹横筋(ふくおうきん): 腹部の最も深層にある筋肉で、コルセットのように腹部全体を締め付け、腰椎の安定性を高める重要な役割を果たします。呼吸(呼気)や排泄にも関与します。

 

その他の関連筋

  • 腰方形筋(ようほうけいきん): 腰の側面に位置し、肋骨、腰椎、腸骨を結びつけ、体幹の側屈や骨盤の挙上に関与します。
  • 大腰筋(だいようきん): 腰椎から股関節(大腿骨)に走行し、股関節の屈曲に作用しますが、腰椎の安定性にも深く関わります。
  • 横隔膜(おうかくまく): 胸腔と腹腔を隔てるドーム状の筋肉で、主要な呼吸筋です。

 

腱膜 (Aponeuroses)

腹筋群の筋肉は、その多くが腱膜(けんまく)という薄く強靭な膜状の腱に移行し、互いに結合したり、骨に付着したりします。

  • 白線(はくせん): 腹直筋の左右の間に位置する、腹筋群の腱膜が中央で合わさってできる線維性の帯です。
  • 腹直筋鞘(ふくちょくきんしょう): 腹直筋を包み込む腱膜の層です。

 

靭帯 (Ligaments)

腰部に関連する脊椎や骨盤の靭帯は、腹部の安定性にも寄与します。

  • 前縦靭帯(ぜんじゅうじんたい): 椎体の前面を縦に走行し、脊椎の伸展を制限します。
  • 後縦靭帯(こうじゅうじんたい): 椎体の後面を縦に走行し、脊椎の屈曲を制限します。
  • 腸腰靭帯(ちょうようじんたい): 第4・第5腰椎と腸骨を結び、腰椎と骨盤の安定性を高めます。
  • 鼠径靭帯(そけいじんたい): 腸骨と恥骨を結ぶ靭帯で、鼠径部(足の付け根)の境界を形成し、その下を血管や神経が走行します。

 

関節包 (Joint Capsule)

腰椎の椎間関節には関節包が存在しますが、お腹・脇腹の筋肉そのものには関節包のような構造は存在しません。

 

支帯 (Retinacula)

足首や手首にあるような「支帯」と呼ばれる独立した構造は、お腹・脇腹にはありません。しかし、上述の腱膜が広範囲に存在し、筋肉や腱を覆い、腹部の構造を保持する役割を果たしています。

 

神経 (Nerves)

お腹・脇腹には、体幹や下肢、内臓の感覚と運動を司る重要な神経が走行しています。

  • 肋間神経(ろっかんしんけい): 肋骨の間を走行し、腹壁の皮膚感覚や腹筋群の一部を支配します。
  • 腰神経叢(ようしんけいそう): 腰椎の高さで形成される神経の網目で、腹壁の下部や鼠径部の感覚、一部の腹筋の運動、そして下肢へ向かう主要な神経(大腿神経、閉鎖神経など)が分岐します。
    • 腸骨下腹神経、腸骨鼠径神経などが含まれます。
  • 交感神経・副交感神経(自律神経): 腹部には内臓の働きを調節する自律神経(交感神経幹、迷走神経など)が走行しており、内臓の機能(消化、吸収、排泄など)を制御します。

 

血管 (Blood Vessels)

お腹・脇腹には、体幹や下肢、腹腔内の臓器に血液を供給し、回収するための主要な動脈と静脈が走行しています。

 

動脈 (Arteries)

  • 腹大動脈(ふくだいどうみゃく): 胸部から腹部に入った後の大動脈の主要部分で、腰椎の前方を走行します。腹腔内の主要臓器や下肢への血液供給の元となります。
    • 腹腔動脈(ふくこうどうみゃく)、上腸間膜動脈(じょうちょうかんまくどうみゃく)、腎動脈(じんどうみゃく)、下腸間膜動脈(かちょうかんまくどうみゃく)などが分岐し、内臓に供給します。
    • 総腸骨動脈(そうちょうこつどうみゃく): 腹大動脈の終末枝で、骨盤や下肢に血液を供給します。
  • 腰動脈(ようどうみゃく): 腹大動脈から分岐し、腰部の筋肉や腹壁の側面に血液を供給します。

 

静脈 (Veins)

  • 下大静脈(かだいじょうみゃく): 下半身や腹腔内の臓器から血液を心臓に戻す最も太い静脈で、腹大動脈に並走して上行します。
    • 腎静脈(じんじょうみゃく)、肝静脈(かんじょうみゃく)、総腸骨静脈(そうちょうこつじょうみゃく)などが合流します。
  • 腰静脈(ようじょうみゃく): 腰部や腹壁から血液を回収し、下大静脈に注ぎます。

これらの要素が複雑に連携して機能することで、お腹・脇腹は私たちの体の安定、内臓の保護、そして生命活動を支える上で不可欠な役割を担っています。