「頭・顔・顎」の解剖学(骨・関節・筋肉など)

解剖学の知識
頭部、顔面、および顎は、人間にとって思考、感覚、コミュニケーション、そして摂食といった生命維持と社会生活に不可欠な機能を担う、非常に複雑で重要な部位です。
これらの機能は、骨、関節、筋肉、靭帯、関節包、神経、血管が緻密に連携することで可能になっています。
この部位には、手足のような独立した「支帯」という構造は一般的ではありませんが、強靭な筋膜がその役割を果たします。

「頭・顔・顎」の解剖学(骨・関節・筋肉など)

骨 (Bones) – 約28個(個体差あり)

頭部、顔面、顎は、複数の骨が結合して構成されています。

 

頭蓋骨(ずがいこつ)- 23個(舌骨を含む)

脳を保護し、顔の骨格を形成します。

  • 脳頭蓋(のうずがい)- 8個: 脳を囲む部分。
    • 前頭骨(ぜんとうこつ): 額を形成。
    • 頭頂骨(とうちょうこつ)- 2個: 頭頂部を形成。
    • 側頭骨(そくとうこつ)- 2個: 側頭部を形成し、耳の構造を含む。
    • 後頭骨(こうとうこつ): 後頭部を形成し、脊椎と連結。
    • 蝶形骨(ちょうけいこつ): 頭蓋底の中心部を形成。
    • 篩骨(しこつ): 鼻腔の一部と眼窩の内側を形成。
  • 顔面頭蓋(がんめんずがい)- 14個: 顔の骨格を形成。
    • 鼻骨(びこつ)- 2個: 鼻の橋を形成。
    • 涙骨(るいこつ)- 2個: 眼窩の内側壁を形成し、涙嚢を収める。
    • 頬骨(きょうこつ)- 2個: 頬を形成し、目の下と横に位置。
    • 上顎骨(じょうがくこつ)- 2個: 上顎と鼻腔の一部を形成。
    • 下鼻甲介(かびこうかい)- 2個: 鼻腔内に突出する骨。
    • 口蓋骨(こうがいこつ)- 2個: 硬口蓋の後部と鼻腔の側面を形成。
    • 鋤骨(じょこつ): 鼻中隔の下部を形成。
    • 下顎骨(かがくこつ)- 1個: 下顎を形成し、顎関節で側頭骨と連結。
  • 舌骨(ぜつこつ)- 1個: 頸部に位置し、他の骨と直接関節しない唯一の骨。嚥下や発声に関わる。
  • 耳小骨(じしょうこつ)- 各3個(左右で計6個): 側頭骨の中にある小さな骨。
    • 槌骨(ついこつ)砧骨(きんこつ)鐙骨(あぶみこつ)

 

関節 (Joints)

頭・顔・顎には、可動性の高い関節と、ほぼ動かない強固な関節が存在します。

  • 縫合(ほうごう): 頭蓋骨の大部分の骨は、鋸歯状の縁で互いに結合しており、不動関節である縫合を形成しています。
    • 冠状縫合、矢状縫合、ラムダ縫合など。
  • 顎関節(がくかんせつ, TMJ): 下顎骨と側頭骨の間で形成される複合関節です。咀嚼、会話、嚥下などの複雑な動き(開口・閉口、前方・後方移動、側方移動)を可能にします。
  • 環椎後頭関節(かんついこうとうかんせつ): 後頭骨と第1頸椎(環椎)の間で形成される関節です。主に頷く(首を縦に振る)動きを行います。

 

筋肉と腱 (Muscles and Tendons)

頭・顔・顎の筋肉は、表情、咀嚼、発声、嚥下など多岐にわたる重要な機能に関与します。

 

表情筋(ひょうじょうきん)

顔の皮膚に直接付着し、表情を作る筋肉です。

  • 前頭筋(ぜんとうきん): 額のしわを寄せる。
  • 眼輪筋(がんりんきん): 目を閉じる、瞬きをする。
  • 口輪筋(こうりんきん): 口を閉じる、すぼめる。
  • 大頬骨筋(だいきょうこつきん)小頬骨筋(しょうきょうこつきん): 口角を挙げる(笑顔を作る)。
  • 頬筋(きょうきん): 頬の形を保つ、食べ物を頬の内側に押し戻す。
  • 広頚筋(こうけいきん): 首の前面にある薄い筋肉で、口角を引き下げる。

 

咀嚼筋(そしゃくきん)

下顎を動かし、咀嚼(そしゃく)を行う強力な筋肉です。

  • 咬筋(こうきん): 顎を閉じる、歯を食いしばる。
  • 側頭筋(そくとうきん): 顎を閉じる、後方に引く。
  • 内側翼突筋(ないそくよくとつきん): 顎を閉じる、側方移動を助ける。
  • 外側翼突筋(がいそくよくとつきん): 顎を開ける、前方移動、側方移動を助ける。

 

舌骨上筋群・舌骨下筋群

舌骨周囲に位置し、嚥下や発声に関わります。

  • 顎二腹筋(がくにふくきん): 顎を開ける。
  • 顎舌骨筋(がくぜつこつきん): 舌骨を挙上、舌を挙上。
  • 胸骨舌骨筋(きょうこつぜつこつきん): 舌骨を下制。

 

頸部の筋肉(一部)

頭部の動きに直接関与する筋肉です。

  • 胸鎖乳突筋(きょうさにゅうとつきん): 頭部の回旋、屈曲、側屈。
  • 後頭下筋群(こうとうかきんぐん): 頭部と第1・2頸椎の間にある深層筋で、頭部の微細な動きを制御。

 

靭帯 (Ligaments)

顎関節には、その安定性を保つための靭帯が存在します。頭蓋骨の縫合部には強固な線維組織がありますが、可動性の関節のような靭帯はありません。

  • 顎関節包靭帯(がくかんせつほうじんたい): 顎関節全体を包み込み、補強します。
  • 外側靭帯(がいそくじんたい): 顎関節の外側を補強し、過度な側方移動を制限します。
  • 蝶下顎靭帯(ちょうかがくじんたい): 側頭骨の蝶形骨から下顎骨に伸び、顎関節の運動を支持します。
  • 茎突下顎靭帯(けいとつかがくじんたい): 側頭骨の茎状突起から下顎骨に伸び、顎関節の運動を支持します。

 

関節包 (Joint Capsule)

  • 顎関節包(がくかんせつほう): 顎関節を包み込み、関節液を保持し、滑らかな動きを助ける関節包が存在します。顎関節は関節円板によって上下2つの関節腔に分かれています。

 

支帯 (Retinacula)

頭・顔・顎には、手首や足首にあるような特定の「支帯」という独立した構造は一般的ではありません。しかし、筋肉を覆う強靭な筋膜(きんまく)が広範囲に存在し、筋肉の区画分けや保護、力の伝達に寄与しています。

  • 側頭筋膜(そくとうきんまく): 側頭筋を覆う。
  • 咬筋筋膜(こうきんきんまく): 咬筋を覆う。

 

神経 (Nerves)

頭・顔・顎には、感覚、運動、そして自律神経機能を司る非常に多くの重要な神経が走行しています。特に脳神経が重要です。

  • 脳神経(のうしんけい): 脳から直接出る12対の神経。
    • 三叉神経(さんさしんけい, V): 顔面の感覚(顔の皮膚、歯、口腔内など)と咀嚼筋の運動を支配します。
      • 眼神経(がんしんけい)、上顎神経(じょうがくしんけい)、下顎神経(かがくしんけい)。
    • 顔面神経(がんめんしんけい, VII): 表情筋の運動と、舌の前2/3の味覚を支配します。
    • 舌咽神経(ぜついんしんけい, IX): 舌の後1/3の味覚と感覚、咽頭の運動、唾液腺の分泌などを支配します。
    • 迷走神経(めいそうしんけい, X): 咽頭、喉頭の運動と感覚、胸腹部の内臓の働きを調節します。
    • 舌下神経(ぜっかしんけい, XII): 舌の運動を支配します。
  • 頸神経叢(けいしんけいそう): 頸椎の高さで形成される神経の網目で、頸部や一部の頭部の皮膚感覚を支配します。
    • 大耳介神経、小後頭神経など。

 

血管 (Blood Vessels)

頭・顔・顎には、脳を含む広範な領域に血液を供給し、回収するための主要な動脈と静脈が豊富に走行しています。

 

動脈 (Arteries)

  • 総頸動脈(そうけいどうみゃく): 心臓から分岐し、頸部を上行して顔面や脳に血液を供給する主要な動脈です。
    • 内頸動脈(ないけいどうみゃく): 主に脳に血液を供給します。
    • 外頸動脈(がいけいどうみゃく): 顔面や頭部の表層、顎などに血液を供給します。
      • 顔面動脈、顎動脈、浅側頭動脈などが分岐。
  • 椎骨動脈(ついこつどうみゃく): 鎖骨下動脈から分岐し、頸椎の横突孔の中を上行し、脳へ血液を供給します。

静脈 (Veins)

  • 内頸静脈(ないけいじょうみゃく): 脳や顔面から血液を回収する主要な静脈です。
  • 外頸静脈(がいけいじょうみゃく): 頭部の表層や顔面の一部から血液を回収する静脈です。
  • 顔面静脈(がんめんじょうみゃく): 顔面から血液を回収し、内頸静脈に注ぎます。
  • 顎静脈(がくじょうみゃく): 顎の深部から血液を回収します。

これらの要素が複雑に連携して機能することで、頭部、顔面、顎は人間の生活において極めて重要な役割を果たしています。