太ももの打撲や挫傷は、スポーツ活動中(特にコンタクトスポーツや球技)や日常生活での転倒、衝突などでよく発生する怪我です。
太ももの筋肉は非常に大きく、出血量も多いため、適切な初期対応をしないと腫れや痛みが長引いたり、重篤な合併症を引き起こしたりする可能性があります。
太ももの打撲・挫傷
どんな怪我なのか?
太ももの打撲や挫傷は、太ももに直接的な外力や衝撃が加わることで、骨、筋肉、腱、血管、神経、皮膚などの軟部組織が損傷する状態を指します。
- 打撲(だぼく): いわゆる「打ち身」で、外部からの鈍的な力によって組織が損傷すること。
- 挫傷(ざしょう): 広義には打撲を含む外力による組織の損傷全般を指しますが、特に筋肉の損傷(肉離れ)を意味することもあります。ここでは、直接的な外力による筋肉の損傷を指します。
- 太ももの筋肉の構造: 太ももには、人体の中でも特に大きく強力な筋肉群が集まっています。
- 大腿四頭筋(だいたいしとうきん): 太ももの前面にあり、大腿直筋、外側広筋、内側広筋、中間広筋の4つの筋肉から構成されます。膝を伸ばす(伸展)働きをします。
- ハムストリングス筋群: 太ももの裏側にあり、大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋の3つの筋肉から構成されます。膝を曲げる(屈曲)働きと、股関節を伸ばす(伸展)働きをします。
- 内転筋群: 太ももの内側にあり、脚を閉じる(内転)働きをします。
負傷箇所一覧
太ももの打撲・挫傷では、衝撃を受けた部位の以下の組織が損傷します。
- 皮膚と皮下組織:
- 表皮・真皮: 衝撃で皮膚表面が擦りむけたり(擦過傷)、深い傷になったりすることがあります。
- 皮下出血: 皮下の毛細血管が破れて出血し、青あざ(内出血)となります。太ももは皮下脂肪も多く、広範囲に内出血が広がりやすい部位です。
- 筋肉(筋繊維、筋膜):
- 大腿四頭筋: 特に太ももの前面への衝撃で損傷しやすいです。
- ハムストリングス筋群: 太ももの後面への衝撃で損傷しやすいです。
- 内転筋群: 太ももの内側への衝撃で損傷しやすいです。
- 筋肉の筋繊維が断裂したり、筋肉を包む筋膜(きんまく)が損傷したりすることで、痛みや腫れが生じます。
- 血管:
- 筋肉内の血管が破れ、多量の出血を起こすことがあります。これにより、大きな血腫(けっしゅ)が形成されることがあります。特に、太ももには大きな血管が通っているため、出血量が多くなる傾向があります。
- 神経:
- 太ももには多くの神経が走行しています。打撲によりこれらの神経が圧迫されたり、損傷したりすると、しびれや感覚の鈍麻(麻痺)、筋力低下が現れることがあります。
- 骨(大腿骨):
- 直接的な強い衝撃や、膝を曲げた状態で強くぶつけるなど、特定の状況下では、太ももの骨である大腿骨(だいたいこつ)に骨折やひび(亀裂骨折)が生じる可能性があります。これは打撲と症状が似ているため、注意が必要です。
どんな症状なのか?
太ももの打撲・挫傷の症状は、衝撃の強さや損傷部位、出血量によって様々です。
- 痛み:
- 衝撃を受けた直後から、打ち付けた部位に局所的な強い痛みが生じます。
- 患部を直接押したり、触ったりすると強い圧痛があります。
- 足を動かすとき(特に膝の曲げ伸ばしや股関節の動き)や、体重をかけたときに痛みが増悪することが多いです。
- 腫れ(はれ):
- 損傷部位の周囲が腫れて膨らみます。筋肉内に出血が起こると、太もも全体が硬くパンパンに腫れ上がることもあります。熱を帯びることもあります。
- 内出血:
- 皮下や筋肉内の血管が破れることで、皮膚が青紫色に変色します。太ももは内出血が広がりやすく、膝の周りやふくらはぎの方までアザが広がることも珍しくありません。時間とともに色が変化します(青→緑→黄)。
- 可動域制限:
- 痛みや腫れ、血腫のために、膝や股関節の曲げ伸ばしが制限されます。特に、大腿四頭筋の打撲では膝を深く曲げられなくなったり、ハムストリングスの打撲では膝を伸ばしにくくなったりすることがあります。
- 歩行困難:
- 痛みが強いため、体重をかけることができず、歩行が困難になったり、足を引きずるような歩き方になったりすることがあります。
- しびれ・感覚鈍麻:
- 神経が損傷したり圧迫されたりした場合は、打撲部位の周囲や、その神経が支配する領域にしびれや感覚の鈍さが現れることがあります。
- 筋肉の硬結(しこり):
- 出血した血液が筋肉内で固まったり、損傷した筋繊維が修復される過程で、患部に硬いしこりのようなものが触れることがあります。
どんな点に気をつけるべきなのか?
太ももの打撲・挫傷は、軽症に見えても重篤な合併症を引き起こす可能性があるため、以下の点に注意が必要です。
- 骨化性筋炎(こつかせいきんえん)の危険性:
- 太ももの打撲で最も注意すべき合併症の一つです。これは、筋肉内に出血した血液が吸収されずに、やがて骨化(骨に変わってしまう)してしまう病態です。
- 初期の適切な処置(特に徹底した安静と冷却・圧迫)を怠ったり、痛む時期に無理にマッサージやストレッチを行ったりすると発症リスクが高まります。
- 症状としては、痛みが長引く、腫れが引かない、患部が非常に硬くなる、関節の動きが徐々に悪くなるなどがあります。骨化が進行すると、手術が必要になることもあります。
- 安易なマッサージは絶対に避けましょう。
- 骨折の可能性を強く疑う:
- 太ももの打撲だと思っていても、大腿骨の骨折やひびを併発している可能性があります。特に、体重をかけられないほどの強い痛みがある場合や、異常な変形がある場合は、すぐに医療機関を受診してください。
- 子供の場合:成長軟骨である骨端線が損傷(骨折)している可能性も高く、見逃すと成長に影響が出るため、特に注意が必要です。
- コンパートメント症候群(まれだが重篤):
- 太ももの筋肉も、それぞれが「コンパートメント」と呼ばれる強固な筋膜で囲まれた区画に収められています。打撲による筋肉内の大量の出血や腫れがひどくなると、このコンパートメント内の圧力(内圧)が異常に上昇することがあります。
- 内圧が上がりすぎると、区画内の血管や神経が圧迫され、血液供給が阻害されます。これにより、筋肉や神経組織が壊死する可能性があります。
- 症状: 激しい痛み(特にストレッチで増悪)、しびれ、感覚の鈍麻、足の指が動かせない、足が冷たい、脈拍の消失など。
- 緊急性: 発症から数時間以内に適切な処置(緊急手術で筋膜を切開し、圧力を解放する)を行わないと、永続的な神経障害や筋肉の壊死、ひどい場合は切断に至る可能性もある非常に危険な状態です。
- 少しでも疑われる症状(特に、時間の経過とともに痛みが強くなる、しびれが広がる、足の指が動かしにくいなど)があれば、速やかに救急医療機関を受診してください。
- 血腫の吸収不全:
- 大きな血腫が形成された場合、吸収されずにしこりとして残ったり、感染の原因になったりすることがあります。
応急処置:RICE処置を正しく行う
太ももの打撲・挫傷をした際の基本的な応急処置は、スポーツ外傷の基本である「RICE(ライス)処置」です。怪我をした直後から可能な限り早く行うことで、炎症や腫れ、内出血を最小限に抑え、骨化性筋炎やその他の合併症のリスクを軽減することができます。
- Rest(安静):
- 患部を動かさず、安静を保ちます。最も重要です。痛みが強い場合は、松葉杖などを使って体重をかけないようにしましょう。無理に動かすと、損傷が悪化したり、内出血が広がったり、骨化性筋炎のリスクを高めたりする可能性があります。
- Icing(冷却):
- ビニール袋に氷と少量の水を入れ、それをタオルなどでくるんで患部に当てて冷やします。直接氷を当てると凍傷になる可能性があるため注意が必要です。
- 15~20分程度冷やし、一度外して休憩し、腫れや痛みが続く場合は繰り返します。受傷後48〜72時間は継続して冷却することが推奨されます。炎症を抑え、腫れや内出血の広がりを軽減する効果があります。
- Compression(圧迫):
- 弾性包帯やテーピングを用いて、患部を軽く圧迫します。これは、内出血や腫れが広がるのを防ぐ目的で行います。
- きつく締めすぎると血流障害を起こす可能性があるため、しびれや冷感がないか、足の指の色が悪くないか、脈が触れるかなど、血行状態に常に注意してください。適度な強さで圧迫し、異常があればすぐに緩めましょう。太もも全体を包み込むように巻くのが効果的です。
- Elevation(挙上):
- 患部を心臓より高い位置に上げます。座っているときや寝ているときに、足の下にクッションや枕などを置いて高くします。
- 重力によって血液が患部に集まるのを防ぎ、腫れを軽減する効果があります。
RICE処置はあくまで応急的な処置です。症状が出ている場合は、ご相談ください。