ハムストリングスの肉離れは、サッカー、陸上競技(特に短距離走)、ラグビーなど、ダッシュやジャンプ、急停止を繰り返すスポーツで非常によく発生する怪我です。
太ももの裏側に突然の激痛が走り、歩行困難になることもあります。適切な初期対応と診断がその後の回復期間や再発予防に大きく影響するため、迅速な対処が求められます。
ハムストリングスの肉離れ
どんな怪我なのか?
ハムストリングスの肉離れは、太ももの裏側にあるハムストリングス筋群の筋繊維が、急激な収縮や伸張に耐えきれずに損傷(断裂)する状態を指します。正式名称は「筋挫傷(きんざしょう)」と言います。
- ハムストリングス筋群の構成: ハムストリングスは、太ももの裏側にある3つの筋肉の総称です。
- 大腿二頭筋(だいたいにとうきん): 太ももの外側にある筋肉で、二つの頭(長頭と短頭)から構成されます。
- 半腱様筋(はんけんようきん): 太ももの内側にある筋肉で、細長い腱を持つことが特徴です。
- 半膜様筋(はんまくようきん): 半腱様筋の内側深層にある筋肉で、平らな膜状の腱を持ちます。
これらの筋肉は、股関節の伸展(足を後ろに蹴り出す動作)と膝関節の屈曲(膝を曲げる動作)という、走る、跳ぶといった運動に不可欠な動きを担っています。
解剖学的に詳しい負傷箇所一覧
ハムストリングスの肉離れで特に損傷しやすいのは以下の部位です。
- 大腿二頭筋の長頭(だいたいにとうきんちょうとう):
- ハムストリングスの肉離れの中で最も発生頻度が高い部位です。
- 特に坐骨結節(ざこつけっせつ)に近い上部(お尻の付け根に近い部分)で損傷しやすいです。坐骨結節は、座ったときに椅子に当たる骨の突起で、ハムストリングス筋群の起始部(筋肉が始まる場所)となります。
- ダッシュやキック動作の際に、股関節が強く屈曲(太ももが前に上がる)した状態で膝を伸ばそうとする(伸張性収縮)時に過負荷がかかり、断裂しやすいです。
- 半膜様筋と半腱様筋の筋腱移行部(きんけんいこうぶ):
- 太ももの内側部分で、筋肉が腱に移行する境界線も、力が集中しやすく、肉離れが発生しやすい部位です。
- 筋腹(きんぷく)中央部:
- 大腿二頭筋や他のハムストリングス筋群の筋肉の、中央の最も太い部分でも肉離れが起こることがあります。
- 腱の損傷:
- 筋肉本体ではなく、腱の部分が損傷する場合もあります。特に、腱が骨に付着する部位での剥離骨折を伴うこともあります。
どんな症状なのか?
ハムストリングスの肉離れの症状は、損傷の程度(軽度な筋繊維の伸び、部分断裂、完全断裂)によって異なります。
- 突然の激しい痛み:
- 怪我をした瞬間に「ブチッ」や「ポンッ」といった断裂音を感じたり、「電気が走ったような」または「棒で叩かれたような」突然の強い痛みを太ももの裏側に感じることが多いです。
- 痛みのために、その場にしゃがみ込んだり、動けなくなったりすることもあります。
- 圧痛(あっつう):
- 損傷部位を指で押すと、非常に強い痛みがあります。
- 腫れ(はれ)と内出血:
- 損傷した筋繊維や血管から出血し、患部が腫れ上がります。
- 時間とともに内出血が皮膚表面に現れ、青紫色に変色します。これは、太もも全体や、重度の場合には膝の裏側やふくらはぎの方まで広がることもあります。
- 陥凹(かんおう):
- 筋肉が完全に断裂した場合、損傷部位にくぼみ(陥凹)が生じ、指で触れることができる場合があります。これは重度の肉離れのサインです。
- 機能障害:
- 痛みのために、膝を曲げる、股関節を伸ばす(足を後ろに上げる)といった動作が困難になります。
- 歩行が困難になり、足を引きずるように歩いたり、自力での歩行が不可能になったりすることもあります。
- 筋力の低下:
- 患部の筋肉に力が入りにくくなり、正常に機能させることが難しくなります。
どんな点に気をつけるべきなのか?
ハムストリングスの肉離れは、スポーツ選手にとって再発しやすい厄介な怪我であり、適切な対処をしないと治癒が遅れたり、競技復帰が難しくなったりする可能性があります。
- 「ただの筋肉痛」と自己判断しない:
- 急な痛みや断裂感があった場合は、筋肉痛とは明らかに異なります。無理に動かすことは避け、すぐに活動を中断しましょう。
- 安静の徹底が重要:
- 痛みを我慢して動いたり、運動を続けたりすると、損傷が悪化し、治癒が大幅に遅れることになります。重度の場合は、再断裂のリスクも高まります。初期の安静がその後の回復期間を左右します。
- 再発しやすい怪我である:
- ハムストリングスの肉離れは、一度発生すると非常に再発しやすい怪我の一つです。不十分な回復、不適切な施術、または再発予防策を怠ると、高確率で繰り返してしまいます。
- 他の重篤な怪我との鑑別:
- 坐骨結節剥離骨折: 特に成長期の若年層では、筋肉が骨に付着する坐骨結節から骨が剥がれる骨折を併発することがあります。肉離れと症状が似ているため、X線検査での鑑別が必要です。
- 坐骨神経痛: 肉離れの炎症や腫れが坐骨神経を刺激し、お尻から太ももの裏、ふくらはぎにかけてしびれや痛みを引き起こすことがあります。
応急処置:RICE処置を正しく行う
ハムストリングスの肉離れをした際の基本的な応急処置は、スポーツ外傷の基本である「RICE(ライス)処置」です。怪我をした直後から可能な限り早く行うことで、炎症や腫れを最小限に抑え、回復を早めることができます。
- Rest(安静):
- 患部を動かさず、安静を保ちます。最も重要です。痛みが激しい場合は、松葉杖などを使って体重をかけないようにしましょう。無理に動かすと、損傷が悪化したり、内出血が広がったりする可能性があります。
- Icing(冷却):
- ビニール袋に氷と少量の水を入れ、それをタオルなどでくるんで患部に当てて冷やします。直接氷を当てると凍傷になる可能性があるため注意が必要です。
- 15~20分程度冷やし、一度外して休憩し、腫れや痛みが続く場合は繰り返します。炎症を抑え、腫れや痛みを軽減する効果があります。
- Compression(圧迫):
- 弾性包帯やテーピングを用いて、患部を軽く圧迫します。これは、内出血や腫れが広がるのを防ぐ目的で行います。
- きつく締めすぎると血流障害を起こす可能性があるため、しびれや冷感がないか注意し、適度な強さで圧迫してください。太ももの裏側全体を包み込むように巻くのが効果的です。
- Elevation(挙上):
- 患部を心臓より高い位置に上げます。座っているときや寝ているときに、足の下にクッションや枕などを置いて高くします。
- 重力によって血液が患部に集まるのを防ぎ、腫れを軽減する効果があります。
RICE処置はあくまで応急的な処置です。症状が出ている場合は、ご相談ください。