朝起きたときに発生する「寝違え」と間違えられやすい病気の一つに解離性椎骨動脈(かいりせいついこつどうみゃく)というものがあります。首の中を通っている細い血管に発生する重篤な病気です。
当院でも過去に数例、寝違えと間違えた患者さんが来院されて、そのまま脳神経外科を紹介したケースがあります。ここでは、解離性椎骨動脈についてまとめていきます。
とても怖い首の血管の病気「解離性椎骨動脈」
解離性椎骨動脈(Vertebral Artery Dissection: VAD)は、首から脳へ血液を送る椎骨動脈の血管壁が裂ける病気です。比較的稀な疾患ですが、特に45歳以下の若年層の脳卒中の原因として重要視されています。
1. 病態と原因
- 血管の構造: 椎骨動脈の壁は、内膜、中膜、外膜の3層構造になっています。
- 解離の発生: 内膜に裂け目ができ、そこから血液が血管壁の間に入り込むことで、「偽腔(ぎくう)」と呼ばれる異常な空間が形成されます。この偽腔によって、本来の血液の通り道である「真腔」が狭くなったり閉塞したり、あるいは血管壁が膨らんで動脈瘤を形成したりします。
- 原因:
- 軽微な外傷: 首を急にひねる、ポキポキ鳴らす癖、スポーツによる衝撃(レスリング、ヨガ、ウェイトリフティングなど)、交通事故(むち打ちなど)、くしゃみや咳、出産、性行為など、軽微な外傷が引き金となることがあります。
- 自然発生: 明らかな外傷がなくても自然に発生することもあります。結合組織疾患が基礎にあるケースも報告されています。
- 誘発因子: 一部の研究では、カイロプラクティック治療との関連も指摘されていますが、議論の余地があります。
2. 症状
解離性椎骨動脈の症状は多岐にわたりますが、初期症状として特徴的なのは、突然の激しい首の後ろや後頭部の痛みです。この痛みは、片側に出ることが多いです。
- 主な初期症状:
- 激しい後頭部痛・首の痛み: 寝違えや肩こり程度の軽い痛みから、耐えがたいほどの激しい痛みまで様々です。通常よりも強く、長期間続く傾向があります。
- 進行した場合の症状(脳梗塞やくも膜下出血によるもの):
- 脳梗塞症状:
- めまい、ふらつき(特に回転性のめまい)
- 手足のしびれ、脱力、麻痺
- 感覚異常(顔や体の温度や痛みを感じにくい)
- 発語困難、構音障害(ろれつが回らない)
- 嚥下障害(飲み込みにくい)
- 視野の異常、視力低下、複視
- 平衡感覚の異常
- ホーナー症候群(瞳孔縮小、眼瞼下垂、発汗低下)
- くも膜下出血症状:
- これまで経験したことのない、突然の「バットで殴られたような」激しい頭痛
- 意識障害
- 吐き気、嘔吐
- 脳梗塞症状:
これらの症状が見られた場合は、速やかに脳神経外科や脳神経内科を受診することが重要です。特に、突然の激しい頭痛や意識障害を伴う場合は、緊急性が高いため救急車を呼ぶ必要があります。
3. 診断
診断には、主に画像検査が用いられます。
- MRA(磁気共鳴血管造影)
- CT angiography(CT血管造影)
- カテーテル検査(脳血管造影)
これらの画像検査により、椎骨動脈の解離や狭窄、動脈瘤の有無を確認します。
4. 治療
解離性椎骨動脈の治療方法は、症状の有無や重症度、合併症(脳梗塞、くも膜下出血など)によって異なります。治療方法はまだ確立されていない部分もありますが、以下のような選択肢があります。
- 保存的治療:
- 安静: 少なくとも1ヶ月程度の安静が推奨されます。
- 血圧管理: 血圧を適切に管理し、再出血のリスクを低減します。
- 薬物療法:
- 抗凝固薬、抗血小板薬: 脳梗塞のリスクが高い場合に、血液をサラサラにする薬が使用されることがあります。ただし、この治療法に対するエビデンスは確立されておらず、医師によって判断が分かれる場合があります。
- 外科的治療:
- 血管内手術(カテーテル治療): 大腿動脈などからカテーテルを挿入し、血管の内部から解離部分を治療する方法です。近年、進歩が著しい治療法です。
- 開頭手術(クリッピング術など): 頭蓋骨を開けて、直接解離部分を処置する手術です。
- くも膜下出血を合併している場合は、原則として手術による治療が行われます。
5. 予後と経過
- 解離性椎骨動脈は、解離だけで済めば頭痛は徐々に治まり、解離した部分が自然治癒することもあります。
- しかし、脳梗塞やくも膜下出血を合併すると、予後が悪化する可能性があります。特に、くも膜下出血を発症した場合は、急性期の再出血のリスクが高く、死亡率も高いため、早期の診断と治療が重要です。
- 画像上での改善が認められ始めるのは、早くても1ヶ月前後とされています。そこから時間をかけてゆっくりと血管の形が修復されていくのが一般的です。
- 解離性動脈瘤は急性期の再発率が高いですが、病理的には約2ヶ月程度で内膜の自然修復が完成し、臨床的に安定するとされています。これ以降の再破裂は稀です。
- 症状がない場合でも、定期的な検査(脳ドックなど)によって早期発見・早期治療に繋げることが重要です。
解離性椎骨動脈は、見逃されがちな疾患でもあります。後頭部や首の強い痛みが続く場合は、寝違えや偏頭痛と自己判断せずに、速やかに専門医を受診することが大切です。