交通事故による「肘の怪我・痛み」

交通事故について

交通事故では、肘も大きな衝撃を受けやすく、複雑な構造を持つがゆえに、様々な怪我や痛みを負う可能性のある部位です。

特に、衝突時にハンドルやダッシュボードに肘を直接打ち付けたり、体を支えようと手をついた際に肘に強い衝撃が加わったりすることで、肘の骨や関節、周囲の筋肉、靭帯、神経、血管に過度な負担がかかります。

肘の怪我は、腕全体の曲げ伸ばしや回旋といった基本的な動作に深刻な影響を及ぼし、長期的な機能障害につながることも多いため、早期の正確な診断と適切な治療が不可欠です。

交通事故による「肘の怪我・痛み」

交通事故における肘の怪我の種類

肘は、上腕骨(じょうわんこつ)、橈骨(とうこつ)、尺骨(しゃっこつ)の3つの骨が組み合わさってできており、周囲を強靭な靭帯や筋肉、腱が取り囲んでいます。また、重要な神経や血管も走行しています。交通事故の衝撃は、これらのいずれにも損傷を与える可能性があります。

 

1. 肘関節周囲骨折

肘を構成する骨(上腕骨遠位端、橈骨頭、尺骨近位端:肘頭など)の骨折は、交通事故による肘の怪我で最も多いものの一つです。直接的な衝撃(例:肘をダッシュボードに打ち付ける)、あるいは間接的な力(例:手をついた際の衝撃が肘に伝わる)によって発生します。

  • 症状:
    • 激しい痛み: 骨折部に強い痛みが持続し、少しでも動かすと激痛が走ります。
    • 著しい腫れと変形: 患部が大きく腫れ上がり、骨折の状態によっては肉眼で分かるほどの変形が見られることがあります。
    • 皮下出血: 広範囲にあざができることがあります。
    • 機能障害: 肘を曲げ伸ばししたり、腕を回したりすることが困難になります。
    • 開放骨折: 骨が皮膚を突き破って外に露出するケースもあり、感染のリスクが高く、緊急手術が必要です。
  • 種類:
    • 上腕骨顆上骨折: 特に小児に多い骨折ですが、交通事故などの高エネルギー外傷では成人にも発生します。合併症として神経・血管損傷のリスクが高いです。
    • 橈骨頭骨折: 転倒して手をついた際に発生しやすい骨折です。
    • 肘頭骨折: 肘を直接打ち付けた際に発生しやすい骨折です。
  • 特徴: 肘関節の骨折は、関節の動きに直結するため、適切な治療が行われないと関節の可動域制限(曲がらない、伸びない)や、変形性関節症、神経麻痺といった後遺症を残しやすいです。多くの場合、手術が必要となります。

 

2. 肘関節脱臼

肘関節が正常な位置からずれてしまう怪我です。交通事故で、肘を伸ばした状態で手をついたり、肘に強いねじれの力が加わったりすることで発生します。肩関節に次いで頻度の高い脱臼です。

  • 症状:
    • 強い痛み: 特に脱臼した瞬間に激痛が走ります。
    • 関節の変形: 肘が不自然な形に変形しているのが目視できます。
    • 関節が動かせない: 自力で肘を動かすことが困難になります。
  • 特徴: 脱臼と同時に、靭帯損傷や、小さな骨片の剥離骨折を伴うことがよくあります。自力での整復は危険であり、必ず医療機関で正しい処置を受ける必要があります。整復が遅れると、肘の可動域制限や神経損傷のリスクが高まります。

 

3. 靭帯損傷

肘関節を安定させる靭帯(内側側副靭帯、外側側副靭帯など)が、過度な外力によって損傷する怪我です。肘関節脱臼に伴って損傷することも多いです。

  • 症状: 患部の痛み、腫れ、肘の不安定感、特定の動きでの痛みや力の入りにくさなどが現れます。
  • 特徴: 重度の靭帯損傷は、肘の不安定性を引き起こし、日常動作に支障をきたします。骨折や脱臼がない場合でも、MRIなどの詳細な画像検査が必要となる場合があります。

 

4. 神経損傷

肘関節の周囲には、腕や手の感覚、運動を司る重要な神経(尺骨神経、正中神経、橈骨神経など)が走行しています。交通事故による骨折や脱臼による圧迫・牽引、あるいは直接的な衝撃によって、これらの神経が損傷する可能性があります。

  • 症状: 肘から手や指先にかけてのしびれ、感覚の麻痺(感覚がない、鈍い)、異常感覚(ピリピリ感、焼けるような痛み)、重度の場合は指や手、腕の動かしにくさなどが現れます。
  • 種類: 特に尺骨神経は肘の内側を通っており、骨折や脱臼、打撲で損傷しやすいです。
    • 尺骨神経麻痺: 小指と薬指のしびれや運動障害。
    • 橈骨神経麻痺: 手首や指を反らせるのが困難になる(下垂手)。
  • 特徴: 神経損傷は回復に時間がかかることが多く、後遺症として残る可能性もあります。早めの診断と治療が重要です。

 

5. 血管損傷

交通事故の強い衝撃で、肘周辺の動脈や静脈が損傷し、内出血(血腫)や血流障害を起こすことがあります。上腕骨顆上骨折などで血管が損傷すると、血流が途絶え、フォルクマン拘縮(こうしゅく)と呼ばれる重篤な合併症(筋肉の壊死による手の変形・機能障害)につながるリスクがあります。

  • 症状: 激しい痛み、急速な腫れ、皮膚の蒼白化や冷感、しびれ、脈拍の消失など。
  • 特徴: 腕の機能や生命に関わる緊急性の高い状態であり、速やかな手術的処置が必要です。

 

6. 打撲(挫傷)

肘に直接的な衝撃が加わることで起こる怪我です。

  • 症状: 患部の痛み、腫れ、内出血(あざ)が見られます。
  • 特徴: 骨折や神経・血管損傷がない場合でも、強い痛みが生じ、肘の曲げ伸ばしが困難になることがあります。肘関節の動きの制限(拘縮)を予防するために、早期のリハビリテーションが重要です。

 

交通事故による肘の痛みの特徴と注意点

交通事故による肘の怪我や痛みは、その特性上、特に注意すべき点がいくつかあります。

  • 複雑な構造と機能: 肘は単に曲げ伸ばしするだけでなく、前腕を回旋させる(掌を上や下に向ける)という複雑な動きを担っています。このため、わずかな損傷でも機能障害に繋がりやすいです。
  • 複合損傷のリスク: 交通事故の衝撃は複雑であるため、肘の骨折と靭帯損傷、神経損傷などが複合的に発生する複合損傷の可能性が高いです。
  • 機能障害の重篤性: 肘の怪我は、腕全体の機能に大きな影響を及ぼし、日常生活(食事、着替え、洗顔など)や仕事に大きな支障をきたすことがあります。特に可動域制限は、その後の生活に長期的な影響を与えることが多いです。
  • 初期症状の見落とし: 事故直後は、興奮状態にあるため、痛みやしびれに気づきにくいことがあります。しかし、放置すると症状が悪化したり、回復が遅れたりする原因になります。特に、見た目では分かりにくい靭帯損傷や微細な骨折、神経・血管損傷などが見過ごされやすい傾向があります。
  • 後遺症のリスク: 肘の怪我は、適切に診断・治療されないと、慢性的な痛み、関節の可動域制限(特に伸展制限や回旋制限)、筋力低下、しびれや麻痺などの後遺症が残りやすい部位です。特に、骨折による関節面の不適合や、長期間の固定による関節の硬化は、機能障害の主要な原因となります。
  • 早期の専門医受診の重要性: 交通事故による肘の痛みや怪我は、自己判断せずに速やかに整形外科などの専門医を受診することが極めて重要です。レントゲンだけでなく、CT(骨折の詳細な評価)やMRI(靭帯、軟骨、神経の評価)、超音波検査などを組み合わせて、損傷の部位や程度を正確に診断し、適切な治療計画を立てる必要があります。特に、神経症状や血管症状がある場合は、迅速な対応が必要です。
  • 法的・補償問題: 交通事故による怪我の場合、治療費、休業補償、後遺障害の認定など、保険会社とのやり取りが必要になります。事故との因果関係を明確にし、今後の補償問題に適切に対応するためにも、早期の受診と詳細な診断書の作成が不可欠です。後遺障害の認定において、肘の可動域制限は重要な評価項目となります。

交通事故に遭われた場合、肘周辺にわずかでも痛みや違和感がある場合は、決して軽視せず、必ず医療機関を受診してください。特に、強い痛み、腫れ、変形、肘が動かせない、しびれや麻痺があるといった場合は、緊急性の高い状態である可能性もありますので、すぐに受診しましょう。早期の専門的な対応が、適切な回復と将来的な健康維持のために最も重要です。