交通事故による「背中の怪我・痛み」

交通事故について

交通事故では、背中も大きな衝撃を受けやすい部位であり、様々な怪我や痛みを負う可能性があります。

特に、追突事故では、体が前方に投げ出され、シートベルトで固定された状態で、腰部から胸部、そして頸部にかけて「むち打ち」のような強い衝撃を受けることが多く、背骨(胸椎・腰椎)やその周囲の筋肉、靭帯に大きな負担がかかります。

また、側面衝突や前方衝突、転倒などでも、直接的な衝撃やねじれの力が加わり、深刻な怪我につながることがあります。

背中の怪我は、呼吸、体の姿勢保持、歩行、腕の動きなどに影響を及ぼし、長期的な痛みに繋がることも多いため、早期の正確な診断と適切な治療が不可欠です。

交通事故による「背中の怪我・痛み」

交通事故における背中の怪我の種類

背中は、頸椎(首の骨)、胸椎(胸の骨)、腰椎(腰の骨)、仙骨、尾骨といった脊椎(背骨)の集合体であり、その内部には脊髄という重要な神経の束が通っています。脊椎の周囲には、多くの筋肉、靭帯、椎間板が存在し、複雑な構造をしています。交通事故の衝撃は、これらのいずれにも損傷を与える可能性があります。

 

1. むち打ち症(頸部捻挫・胸部捻挫・腰部捻挫)

交通事故による背中の痛みで最も多いのが、いわゆる「むち打ち症」の一部として発生する胸部捻挫や腰部捻挫です。特に追突事故で、体が急激に前後または左右に揺さぶられることで、胸椎や腰椎の椎間関節、周囲の筋肉や靭帯が過度に引き伸ばされたり、損傷したりすることで発生します。

  • 症状:
    • 背中(胸部から腰部)全体の痛み、こわばり: 特に事故直後から数日後に現れることが多いです。
    • 体を反らす、ひねる、あるいは前かがみになるなどの動作で痛みが悪化
    • 深呼吸やくしゃみ、咳で背中の痛みが誘発されることがあります。
    • 肩甲骨周囲や肋骨の痛みとして感じられることもあります。
  • 特徴: レントゲンでは骨に異常が見られないことが多く、軟部組織(筋肉や靭帯など)の損傷が原因です。事故直後には症状が出にくく、数日後に痛みやこわばりとして現れることが多いため、「大丈夫」と自己判断せずに早めに医療機関を受診することが重要です。

 

2. 脊椎(椎体・椎弓・棘突起)骨折

胸椎や腰椎の骨(椎体、椎弓、棘突起など)が、交通事故による直接的な強い衝撃や、脊椎に強い圧迫力、屈曲力、剪断力が加わることで骨折することがあります。シートベルトによる圧迫や、体が投げ出されるような衝撃、あるいは車外に放り出された際の衝突などで発生しやすいです。

  • 症状:
    • 激しい背中の痛み: 骨折部に耐え難いほどの痛みが持続し、少しでも動かすと激痛が走ります。
    • 体幹の変形: 重度の骨折では、背中が丸まるなどの変形が見られることがあります。
    • 神経症状: 骨折した骨が脊髄や神経根を圧迫すると、下肢のしびれ、麻痺、感覚障害、排泄障害(尿失禁、便失禁)などが現れることがあります。これは、「脊髄損傷」と呼ばれる重篤な状態です。
    • 体動困難: 痛みや神経症状のため、体を動かすことが非常に困難になります。
  • 特徴: 神経症状を伴う場合は、緊急手術が必要となる生命や機能に関わる状態です。 骨折の部位や程度によっては、治癒後も脊椎の変形や慢性的な痛み、神経症状が残る可能性があります。

 

3. 椎間板ヘルニアの誘発・悪化

椎間板は、脊椎の骨と骨の間にあるクッションの役割を果たす軟骨組織です。交通事故の強い衝撃により、椎間板に異常な圧力がかかり、内部の髄核が飛び出して神経を圧迫する椎間板ヘルニアを新たに発症したり、元々あったヘルニアが悪化したりすることがあります。腰椎だけでなく、胸椎にも発生する可能性があります。

  • 症状:
    • 激しい背中や腰の痛み: 特定の動作で痛みが強まります。
    • 神経痛: ヘルニアが神経を圧迫することで、背中から胸、腹部、あるいは下肢にかけてのしびれ、痛み、感覚の麻痺(電気が走るような痛み、ジンジン感)が現れます。
    • 筋力低下: 重症の場合、足に力が入らなくなったり、排泄機能に異常をきたしたりすることがあります(馬尾症候群)。
  • 特徴: 事故との因果関係を明確にするために、事故前の椎間板の状態も重要になることがあります。MRI検査で椎間板の状態や神経の圧迫の有無を確認します。

 

4. 脊柱管狭窄症の誘発・悪化

脊柱管狭窄症は、脊椎の中を通る神経の通路(脊柱管)が狭くなり、神経が圧迫される病気です。交通事故の衝撃により、既存の狭窄症が悪化したり、新たに狭窄が生じたりすることがあります。

  • 症状: 長時間立っている、歩いていると背中から足にかけての痛みやしびれが増強し、前かがみになると症状が和らぐ間欠性跛行(かんけつせいはこう)が特徴です。
  • 特徴: 高齢者に多い疾患ですが、交通事故をきっかけに症状が顕在化したり、悪化したりすることがあります。

 

5. 筋肉の挫傷・血腫

背中や腰の筋肉(脊柱起立筋、広背筋など)に、直接的な打撲や急激な負荷が加わることで起こる怪我です。

  • 症状: 患部の痛み、腫れ、内出血(あざ)が見られます。押すと強い痛みがあります。
  • 特徴: 骨折や神経損傷がない場合でも、内出血や腫れがひどいと体を動かすのが困難になることがあります。

 

6. 肋骨骨折・胸骨骨折

胸椎に近い背中上部の痛みは、肋骨や胸骨の骨折が原因であることもあります。シートベルトによる強い圧迫や、ハンドルへの衝突などで発生します。

  • 症状: 呼吸時や咳、くしゃみで強い胸や背中の痛み、圧痛。
  • 特徴: 重症の場合、肺や心臓などの内臓損傷を伴う可能性もあり、注意が必要です。

 

交通事故による背中の痛みの特徴と注意点

交通事故による背中の怪我や痛みは、その特性上、特に注意すべき点が多数あります。

  • 脊髄損傷のリスク: 背骨(脊椎)の骨折は、脊髄損傷を伴うことがあり、永続的な麻痺や機能障害につながる可能性があります。これは生命に関わる緊急事態であり、事故現場での安易な体動は避けるべきです。
  • 初期症状の見落とし: 事故直後は興奮状態にあるため、痛みやしびれに気づきにくいことがあります。しかし、翌日以降に症状が悪化するケースが非常に多いため、「大丈夫」と自己判断せずに、必ず医療機関を受診することが重要です。
  • 多様な痛みの原因と診断の難しさ: 背中の痛みは、骨、椎間板、靭帯、筋肉、神経、さらには内臓の関連痛など、様々な原因が考えられるため、正確な診断が難しい場合があります。特に、レントゲンでは分かりにくい椎間板や神経の損傷、微細な骨折などを見つけるためには、MRIやCTといった詳細な画像検査が不可欠となることが多いです。神経症状がある場合は、神経伝導速度検査などを行うこともあります。
  • 慢性化・後遺症のリスク: 背中の怪我は、適切に診断・治療されないと、慢性的な痛み、可動域制限、神経症状(しびれ、麻痺)、筋力低下などの後遺症が残りやすい部位です。日常生活動作(ADL)に大きな支障をきたし、社会生活への影響も大きくなります。
  • 法的・補償問題: 交通事故による背中の怪我は、治療費、休業補償、後遺障害の認定など、保険会社とのやり取りが必要になります。事故との因果関係を明確にし、今後の補償問題に適切に対応するためにも、早期の受診と詳細な診断書の作成が極めて重要です。特に、脊髄損傷や神経症状は後遺障害の認定に大きく影響するため、客観的な証拠(画像診断、神経学的所見)の確保が不可欠です。

交通事故に遭われた場合、背中周辺にわずかでも痛みや違和感がある場合は、決して軽視せず、迷わず救急医療機関を受診してください。特に、強い背中の痛み、手足のしびれや麻痺、感覚の異常、排泄障害、歩行困難があるといった場合は、緊急性の高い状態である可能性が高いです。早期の専門的な対応が、適切な回復と生命の安全を守るために最も重要です。