重量挙げは、重いバーベルを頭上まで持ち上げる「スナッチ」と「クリーン&ジャーク」という2種目で争われる競技です。極めて高重量を扱うため、身体全体に瞬間的かつ強大な負荷がかかります。
そのため、骨折、靭帯損傷、椎間板ヘルニアなどの重篤な急性外傷と、特定の部位への繰り返し負荷によるオーバーユース障害(腱炎など)の両方が発生しやすい特性を持っています。
特に、腰、膝、肩、肘、手首といった、バーベルを支えたり動作を行ったりする主要な関節と筋肉に怪我が多く見られます。
ここでは、重量挙げで発生しやすい外傷や怪我を、主な部位ごとにまとめて解説します。
※接骨院では施術困難な外傷・怪我も情報として、まとめさせていただきます。
重量挙げ|ウェイトリフティングで発生しやすい怪我・痛み
腰・背中の怪我(最も高頻度かつ重要)
重量挙げのほとんどの動作で、バーベルを持ち上げ、支えるために腰と背中に極めて大きな負荷がかかります。
- 椎間板ヘルニア(ついかんばんヘルニア)
- 症状: 腰の痛みだけでなく、お尻から足にかけてのしびれや痛み(坐骨神経痛)、筋力低下。
- 原因: 重いバーベルを持ち上げる際の不適切なフォーム(背中が丸まる、反りすぎるなど)、急激な負荷、あるいは長年の繰り返し負荷による椎間板への損傷。デッドリフトやスクワット、クリーン、ジャークなど、全ての種目でリスクがあります。
- 対処: 安静、炎症を抑える薬の使用、物理療法。症状によっては手術が必要となることもあります。再発予防のためには、正しいフォームの徹底と体幹の強化が不可欠です。
- 筋・筋膜性腰痛 / 腰椎捻挫(ようついのうざ)
- 症状: 腰部の重だるさ、張り、特定の動作での痛み(特に前屈や後屈)。
- 原因: 重いバーベルを持ち上げる際の腰への過度な負担、体幹の安定性不足、筋肉の疲労や柔軟性不足。
- 対処: 急性期は安静とアイシング。痛みが落ち着いたら温熱ケア、ストレッチ、そして体幹の強化(腹筋、背筋、殿筋など)が特に重要です。
- 脊椎分離症・すべり症
- 症状: 腰部の慢性的な痛み。ひどい場合は下肢への痛みやしびれ。
- 原因: 成長期における腰椎への繰り返しのストレス(特に伸展と回旋の動き)。ジャークやスクワットなど、腰椎が反る動作で負荷がかかりやすいです。
- 対処: 長期の安静や体幹強化、コルセットの着用。進行すると手術が検討されることもあります。
膝の怪我
スクワット動作や、スナッチ・クリーンでのキャッチ姿勢で膝に大きな負荷がかかります。
- 膝蓋腱炎(しつがいけんえん)/ ジャンパー膝
- 症状: 膝のお皿のすぐ下(膝蓋腱部)の痛み。特にスクワットのしゃがみ込みや立ち上がり、ジャークのキャッチ、ジャンプの着地で痛みが強くなる。
- 原因: スクワットやクリーン、ジャークなどにおける膝への繰り返しによる過度な負荷(オーバーユース)。大腿四頭筋の筋力不足や柔軟性不足、不適切なフォーム(ニーイン・トゥアウトなど)が影響します。
- 対処: 安静が基本です。アイシング、ストレッチ、大腿四頭筋の強化などが有効です。痛みが引かない場合は整形外科を受診しましょう。
- 半月板損傷(はんげつばんそんしょう)/ 靭帯損傷(特に関節内靭帯:前十字靭帯、後十字靭帯)
- 症状: 膝の痛み、腫れ、不安定感、引っかかり感、ロッキング現象(膝が曲がったまま伸びない)。
- 原因: 高重量でのスクワットや、クリーン・ジャークでのキャッチ時に膝に強いねじれや圧縮力、衝撃が加わることで発生します。
- 対処: 直ちに整形外科を受診し、損傷の程度を診断してもらいましょう。重度の場合は手術が検討されることもあります。
- 膝蓋大腿関節症(しつがいだいたいかんせつしょう)
- 症状: 膝のお皿の裏側や周囲の痛み。特に膝を深く曲げる動作(スクワットなど)や、階段の昇り降りで痛みが強くなる。
- 原因: 膝を深く曲げる動作の繰り返しによる膝蓋骨へのオーバーユース。大腿四頭筋の筋力バランスの悪さや、不適切なフォームなどが影響します。
- 対処: 安静、アイシング、大腿四頭筋(特に内側広筋)の強化、ストレッチ。医療機関での診断と治療が必要です。
肩の怪我
バーベルを頭上に持ち上げたり、胸で受け止めたりする動作で肩に極めて大きな負荷がかかります。
- 腱板炎(けんばんえん)/ 腱板損傷
- 症状: バーベルを頭上に挙上する際や、特定の方向に腕を動かす際に、肩の深部に痛みが生じる。夜間痛を伴うこともある。
- 原因: スナッチやジャークのオーバーヘッドポジション(頭上挙上)での安定性不足、あるいはクリーンでのフロントラックポジション(胸で受ける)での衝撃など、肩の腱板(ローテーターカフ)への繰り返しによる過度な負荷(オーバーユース)。不適切なフォーム(肩をすくめる、肘が下がるなど)、筋力不足、柔軟性不足が主な原因となります。
- 対処: 安静が重要です。アイシング、炎症を抑える薬の使用、そして肩甲骨の安定化、インナーマッスルの強化、そして正しいリフティングフォームの修正を中心としたリハビリテーションが重要です。重度の損傷では手術が検討されることもあります。
- 肩峰下インピンジメント症候群
- 症状: 腕を上げた際に、肩の前面や側面に痛みが生じる。特にスナッチやジャークの頭上挙上時に痛みが強くなる。
- 原因: 頭上挙上動作で肩の腱や滑液包が肩峰という骨に挟まり、炎症を起こす。肩甲骨の動きの悪さや、姿勢の悪さも影響します。
- 対処: 安静、アイシング、姿勢改善、肩甲骨周りのストレッチや筋力強化。
- 肩鎖関節(けんさかんせつ)の炎症・損傷
- 症状: 鎖骨の外側端と肩の上の部分(肩峰)の間の痛み、特にバーベルを頭上で支える際に痛む。
- 原因: ジャークのキャッチやオーバーヘッドスクワットなど、肩鎖関節に直接的な圧縮力がかかることによる炎症や損傷。
- 対処: 安静、アイシング。重度の場合は医療機関での治療が必要。
肘・手首の怪我
バーベルの引き上げ、キャッチ、そして頭上での保持など、様々な場面で肘や手首に大きな負荷がかかります。
- 肘関節の腱炎(外側上顆炎/テニス肘、内側上顆炎/ゴルフ肘など)
- 症状: 肘の外側または内側に痛みが生じ、特にバーベルを握ったり、腕や手首を動かしたりする際に痛みが強くなる。
- 原因: バーベルの引き上げや、クリーンでのフロントラック、ジャークでのオーバーヘッドポジションなどで、肘や前腕の筋肉に繰り返しによる過度な負荷(オーバーユース)。不適切なフォーム(肘の過伸展、手打ちなど)や、筋力不足も影響します。
- 対処: 安静が基本です。アイシング、ストレッチ(前腕の筋肉)、肘バンドの使用、フォームの見直しなどが有効です。痛みが引かない場合は整形外科を受診しましょう。
- 手首の腱鞘炎 / 捻挫 / 骨折
- 症状: 手首の痛み、腫れ、動かすと痛む。ひどい場合は手首に力を入れられない、変形する。
- 原因: バーベルを握る際の握力不足、クリーンでのフロントラックポジションでの手首の過度な背屈(反りすぎ)、スナッチ・ジャークでのオーバーヘッドでの安定性不足、あるいは転倒時の手首への衝撃。特に舟状骨(しゅうじょうこつ)骨折など。
- 対処: 安静、アイシング、テーピングやリストラップで保護。痛みや腫れがひどい、あるいは変形している場合は、骨折の可能性が高いため直ちに整形外科を受診しましょう。
筋肉の怪我
全身の筋肉に極めて強い力がかかるため、肉離れや筋断裂のリスクがあります。
- 肉離れ / 筋断裂(ハムストリングス、大腿四頭筋、広背筋、上腕二頭筋など)
- 症状: 筋肉の特定の部位に突然の激痛、「ブチッ」「ピキッ」という断裂音、へこみや腫れ、内出血。力を入れると痛む、あるいは力が入らない。
- 原因: ウォーミングアップ不足、筋肉の疲労、柔軟性の低下、急激な挙上動作、最大挙上時の過度な負荷。
- 対処: RICE処置を速やかに行い、医療機関を受診しましょう。重度の場合は手術が必要となることもあります。適切なリハビリテーションを行い、再発予防に努めることが重要です。
その他
- ヘルニア(鼠径部ヘルニアなど)
- 症状: 鼠径部の膨らみ、痛み。力を入れたり、咳をしたりすると膨らみが大きくなる。
- 原因: 重量を持ち上げる際の腹圧の上昇により、腹壁の弱い部分から内臓が飛び出す。
- 対処: 医療機関を受診。手術が必要となることが多いです。
- 予防: 腹圧を高めるための体幹トレーニングと、ウェイトリフティングベルトの適切な使用。
- 裂傷・擦り傷・マメ
- 症状: 皮膚の表面の損傷、出血。
- 原因: バーベルとの接触(特にデッドリフトの引き上げ時など)、シャフトの摩擦、手のひらにできるマメが破れる。
- 対処: 清潔にし、絆創膏などで保護。
- 予防: パウダーの使用、適切なグリップテクニック、マメ対策(テーピング、グローブなど)。
怪我の予防のために
重量挙げにおける怪我のリスクを減らすためには、以下の点に注意することが非常に重要です。
- 正しいフォームと技術の習得(最も重要):
- 経験豊富なコーチや指導者から、効率的で体に負担の少ない、正しい重量挙げのフォームを学ぶことが何よりも重要です。特に、腰椎のニュートラルポジションの維持、肩甲骨の安定、適切なバーの軌道、各関節の連動を意識しましょう。
- 高重量を扱う前に、軽重量で徹底的にフォームを反復練習し、身体に覚え込ませることが大切です。動画撮影などを活用して、定期的にフォームをチェックし、修正することも有効です。
- 十分なウォーミングアップとクールダウン:
- 練習や試合前には全身をしっかり温め、特に股関節、膝、足首、腰、肩、肘、手首といった重量挙げの動作に関わる全ての関節と筋肉を動かす動的ストレッチを重点的に行いましょう。
- 適切な可動域を確保し、筋肉を活動準備状態にすることで、怪我のリスクを減らせます。
- 練習後には使った筋肉の静的ストレッチを行い、クールダウンすることで疲労回復を促し、柔軟性を維持できます。
- 筋力トレーニングと柔軟性の向上:
- 重量挙げに必要な全身の筋力、特に体幹(コア)の安定性、下半身(大腿四頭筋、ハムストリングス、殿筋、ふくらはぎ)の筋力と瞬発力、そして肩や背中、腕の筋力(握力含む)をバランスよく鍛えることが、パフォーマンス向上と怪我の予防に繋がります。
- 全身の柔軟性、特に股関節、膝、足首、肩、胸椎の柔軟性を高めることで、無理のない可動域で動作を行え、不適切な姿勢による怪我のリスクを減らせます。
- 段階的な練習量・強度の増加と休息:
- 急激な重量や練習量の増加は避け、段階的に負荷を上げていきましょう。オーバーユースが怪我の主な原因となるため、適切な休息日を設け、疲労が蓄積している場合は無理せず休養を取りましょう。
- 重量を上げる際は、「ゆっくり、徐々に」を心がけ、身体の適応を待つことが重要です。
- 適切な補助具の使用:
- ウェイトリフティングベルトは、腹圧を高めて体幹を安定させ、腰部への負担を軽減するのに役立ちます。ただし、常時使用するのではなく、高重量を扱う際に限定して適切に使いましょう。
- リストラップやニースリーブは、手首や膝の関節をサポートし、安定性を高めるのに有効です。ただし、これらに頼りすぎず、自身の筋力と技術を向上させることが基本です。
- 適切なシューズ(ウェイトリフティングシューズ)は、安定した足元を提供し、正しいフォームをサポートします。
- 体調管理と栄養・休息:
- バランスの取れた食事で、筋肉や関節の回復に必要な栄養をしっかり摂りましょう。特にタンパク質は筋肉の修復に不可欠です。
- 十分な睡眠を確保し、疲労回復と体の修復を促しましょう。
- 症状の早期発見と対処:
- 痛みや違和感がある場合は無理せず練習を中断し、必要であれば整形外科などの医療機関を速やかに受診しましょう。「少しの痛みだから」と我慢して続けることは、軽度な症状を重症化させる最大の要因ですし、長期的なパフォーマンス低下や選手生命に関わる重篤な怪我につながる可能性もあります。