スピードスケートは、氷上を高速で滑走し、カーブを曲がる際に強い遠心力に耐えながら推進力を得るスポーツです。
低い姿勢を維持しながら、片足で氷を強く蹴り出し、繰り返し体重移動とバランス制御を行うため、身体の様々な部位に大きな負担がかかります。
特に、股関節、膝といった下肢の関節や、腰、足首に、オーバーユース(使いすぎ)による慢性的な痛みや、急な動きによる捻挫、肉離れなどが多く見られます。
また、転倒による急性外傷や、ブレード(スケート靴の刃)による裂傷もリスクとして伴います。
ここでは、スピードスケートで発生しやすい外傷や怪我を、主な部位ごとにまとめて解説します。
※接骨院では施術困難な外傷・怪我も情報として、まとめさせていただきます。
スピードスケートで発生しやすい怪我・痛み
下肢の怪我(最も高頻度)
片足での強い蹴り出し、カーブでの体重移動、そして低い姿勢の維持が下肢に大きな負担をかけます。
- 股関節痛(股関節周囲炎、鼠径部痛症候群など)
- 症状: 股関節の前面、側面、あるいは鼠径部(そけいぶ)の痛み。特に足を振り出す、開脚する、深く膝を曲げる際に痛みが強くなる。
- 原因: スケート特有の低い姿勢での股関節の屈曲・外転・外旋を伴う滑走動作や、片足での強い蹴り出しにおける股関節への繰り返し負荷(オーバーユース)。股関節周囲の筋力不足や柔軟性不足(特に内転筋群)、フォームの不均衡などが影響します。
- 対処: 安静、アイシング、股関節周囲のストレッチ(特に内転筋、ハムストリングス)と筋力強化。フォームの見直しも重要です。痛みが続く場合は医療機関を受診しましょう。
- 膝関節痛(ジャンパー膝、膝蓋大腿関節痛症候群など)
- 症状: 膝のお皿のすぐ下や周囲の痛み。特に低い姿勢の維持や、膝の曲げ伸ばし、カーブでの踏み込み時に痛みが強くなる。
- 原因: 低い姿勢の維持や、片足での蹴り出し、カーブでの膝の屈伸における膝蓋腱や膝関節への過度な負荷(オーバーユース)。大腿四頭筋やハムストリングスの筋力不足やバランスの悪さ、フォームの不均衡などが影響します。
- 対処: 安静、アイシング、大腿四頭筋やハムストリングスの強化、ストレッチ。サポーターの使用も有効です。痛みが続く場合は整形外科を受診し、適切な診断と治療を受けましょう。
- 足関節捻挫
- 症状: 足首の痛み、腫れ、内出血。ひどい場合は体重をかけられない。
- 原因: 滑走中のバランスの崩れ、不適切なスケート靴のフィッティング、あるいは転倒。
- 対処: RICE処置(安静、冷却、圧迫、挙上)が基本です。医療機関を受診し、靭帯の損傷度合いを確認することが重要ですし、適切なリハビリを行わないと再発しやすい怪我です。
- アキレス腱炎
- 症状: アキレス腱周辺の痛み、腫れ、運動時の違和感。特に蹴り出し動作や、かかとを上げて立つ動作で痛みが強くなる。
- 原因: 片足での強い蹴り出し動作の繰り返しによるアキレス腱へのオーバーユース。ふくらはぎの筋肉の柔軟性不足や筋力不足、不適切なスケート靴のフィッティングも影響します。
- 対処: 安静とアイシング。ストレッチ(ふくらはぎ)、アキレス腱バンドの使用。痛みが引かない場合は医療機関を受診しましょう。
- 疲労骨折(特に脛骨、腓骨)
- 症状: 特定の骨に限局した痛み。運動時に痛みが強くなり、安静にすると軽減するが、再び運動すると痛む。
- 原因: 骨への繰り返し負荷による微細な損傷の蓄積(オーバーユース)。急激な練習量や強度の増加、不適切なスケート靴などがリスクを高めます。
- 対処: 長期間の絶対安静が必須です。医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けましょう。
腰・体幹の怪我
低い姿勢の維持、そして左右の重心移動とひねりを伴う滑走動作が腰や体幹に負担をかけます。
- 腰痛(筋・筋膜性腰痛、腰椎捻挫、椎間板ヘルニアなど)
- 症状: 腰の重だるさ、張り、特定の動作での痛み。足への放散痛やしびれ。
- 原因: 長時間の低い前傾姿勢の維持、片足での蹴り出しに伴う体幹のひねり動作、体幹の安定性不足、柔軟性不足、繰り返しのオーバーユース。
- 対処: 急性期は安静とアイシング。痛みが落ち着いたら温熱ケア、ストレッチ、そして体幹の強化(腹筋、背筋、殿筋など)が特に重要ですし、フォームの見直しも必須です。痛みが続く場合や神経症状を伴う場合は整形外科を受診しましょう。
その他(全身の怪我)
- 筋肉痛 / 肉離れ
- 症状: 運動後の筋肉の痛み、張り(筋肉痛)。運動中に突然の激痛、へこみや腫れ(肉離れ)。
- 原因: ウォーミングアップ不足、急激な運動量・強度の増加、筋肉の疲労、柔軟性の低下。特にふくらはぎ、ハムストリングス、大腿四頭筋、股関節周囲、背中などに発生しやすいです。
- 対処: 筋肉痛はストレッチ、温熱ケア、休息。肉離れはRICE処置を速やかに行い、医療機関を受診しましょう。
- 転倒による外傷(打撲、骨折、裂傷など)
- 症状: 痛み、腫れ、内出血、皮膚の損傷。ひどい場合は変形や出血多量。
- 原因: 高速滑走中のバランスの崩れ、他の選手との接触、氷のコンディション不良などによる転倒。ブレード(スケート靴の刃)による裂傷は深部に達することもあり、注意が必要です。
- 対処: 打撲はアイシング、圧迫。骨折や深い裂傷の場合は直ちに医療機関を受診。
- 予防: ヘルメット、手袋(防護性の高いもの)、ネックガード、パッドなどの適切な保護具の着用。
- 手首の腱鞘炎
- 症状: 手首の痛み、腫れ、動かすと痛む。
- 原因: 腕振りの繰り返し動作、あるいは転倒時に手をつく。
- 対処: 安静、アイシング、テーピングやサポーターで保護。痛みが続く場合は医療機関を受診。
- 足のマメ・靴擦れ
- 症状: 皮膚の水ぶくれ、痛み。
- 原因: 不適切なスケート靴のフィッティングや、長時間の滑走による摩擦。
- 対処: 清潔な処置。潰さずに保護。
- 予防: 足に合ったスケート靴の選択と調整、厚手の靴下の着用。
- 低温による影響(しもやけ、凍傷)
- 症状: 皮膚の痛み、かゆみ、赤み、腫れ、感覚の麻痺。重症化すると皮膚の壊死。
- 原因: 低温環境での長時間の練習や競技による末梢循環の悪化。
- 対処: 温めて血行を促す。症状がひどい場合は医療機関を受診。
- 予防: 適切な防寒着(特に手足の末端)の着用、休息。
怪我の予防のために
スピードスケートにおける怪我のリスクを減らすためには、以下の点に注意することが非常に重要です。
- 十分なウォーミングアップとクールダウン(最も重要):
- 練習や競技前には全身をしっかり温め、特に股関節、膝、腰、足首など、スピードスケートの多様な動きに関わる全ての関節と筋肉を動かす動的ストレッチを重点的に行いましょう。全身の関節の可動域を広げ、筋肉の温度を高めることで、急な動きや大きな可動域での怪我を防ぎます。
- 練習後には使った筋肉の静的ストレッチを丁寧に行い、クールダウンすることで疲労回復を促し、柔軟性を維持できます。特に、内転筋、ハムストリングス、大腿四頭筋、ふくらはぎ、股関節周囲、体幹のストレッチは入念に行いましょう。
- 正しいフォームとテクニックの習得:
- 経験豊富な指導者から、効率的で体に負担の少ない滑走フォーム、カーブの曲がり方、プッシュ(蹴り出し)の仕方など、正しいテクニックを学ぶことが何よりも重要です。不適切なフォームや無理な重心移動は、特定の部位への過度な負担となり、怪我の原因となります。
- 特に、低い姿勢を安定して維持できる体幹の強さと、股関節を効果的に使えるフォームを習得することが不可欠です。
- 筋力トレーニングと柔軟性の向上:
- スピードスケートに必要な全身の筋力、特に体幹(コア)の安定性、股関節周囲筋(内転筋、殿筋群など)の筋力、大腿四頭筋、ハムストリングス、ふくらはぎといった下肢の筋力と持久力をバランスよく鍛えることが、パフォーマンス向上と怪我の予防に繋がります。
- 全身の柔軟性、特に股関節、膝、足首、脊柱の柔軟性を高めることで、無理のない可動域で動作を行え、オーバーユース障害のリスクを減らせます。
- 段階的な練習量・強度の増加と休息:
- 急激な練習量や強度の増加は避け、無理のない範囲で徐々に運動量を増やしていきましょう。オーバーユースが怪我の主な原因となるため、適切な休息日を設け、疲労が蓄積している場合は無理せず休養を取りましょう。
- 適切なスケート靴の選択とフィッティング:
- 自分の足に合ったサイズと形状のスケート靴を選ぶことが極めて重要です。ブレード(刃)の取り付け位置や研ぎ方もパフォーマンスと安全性に影響します。専門家によるフィッティングと調整を定期的に行いましょう。
- 足に合わない靴は、マメや靴擦れだけでなく、足首や膝への不必要な負担となり、怪我のリスクを高めます。
- 適切な保護具の着用:
- ヘルメットの着用は頭部への重大な損傷を防ぐために非常に重要です。
- 手袋(防護性の高いもの)は、転倒時の手の保護やブレードによる裂傷防止に役立ちます。
- 必要に応じて、ネックガードやパッド(膝、肘など)も着用を検討しましょう。
- 体調管理と栄養・休息:
- バランスの取れた食事で、筋肉や関節の回復に必要な栄養をしっかり摂りましょう。
- 十分な睡眠を確保し、疲労回復と体の修復を促しましょう。
- こまめな水分補給も忘れずに行いましょう(寒い環境でも脱水症状は起こります)。
- 症状の早期発見と対処:
- 痛みや違和感がある場合は無理せず練習を中断し、必要であれば整形外科などの医療機関を速やかに受診しましょう。「少しの痛みだから」と我慢して続けることは、軽度な症状を重症化させる最大の要因ですし、長期的なパフォーマンス低下や競技を続けること自体が困難になる可能性もあります。