レスリングで発生しやすい怪我・痛み

スポーツによる怪我・痛み

レスリングは、相手と組み合い、投げたり、抑え込んだりして勝敗を競う格闘技です。

全身を使った激しいコンタクト、関節の極め技、投げ技、そして受け身やマットへの着地が伴うため、肩、肘、膝、足首といった全身の関節や、首、腰、耳に、脱臼、骨折、靭帯損傷、捻挫、打撲といった急性外傷が非常に多く見られます。

特に、不適切な技術や受け身の失敗は重篤な怪我に直結する可能性があります。

ここでは、レスリングで発生しやすい外傷や怪我を、主な部位ごとにまとめて解説します。

レスリングで発生しやすい怪我・痛み

上肢の怪我(高頻度)

相手との組み合い、投げ技、抑え込み、そして受け身の際に肩や肘、手首、指に大きな負荷がかかります。

  • 肩関節脱臼/亜脱臼・肩鎖関節脱臼・腱板損傷
    • 症状: 肩の激しい痛み、腫れ、変形、腕を動かせない。
    • 原因: 投げ技をかけられた際の不適切な受け身、あるいは相手に腕を極められた際に肩関節に無理な力が加わること。
    • 対処: 直ちに練習を中断し、速やかに医療機関を受診しましょう。脱臼の場合は整復が必要です。
  • 肘関節脱臼・靭帯損傷
    • 症状: 肘の激しい痛み、腫れ、変形、動かせない。
    • 原因: 相手との組み合いで肘に無理な力がかかる、あるいは投げ技の受け身で肘をマットに強打する。
    • 対処: 直ちに練習を中断し、速やかに医療機関を受診しましょう。
  • 手首の捻挫・骨折
    • 症状: 手首の痛み、腫れ、変形。
    • 原因: 受け身の際に手をつくことによる手首への衝撃、あるいは相手との組み合いで手首をひねられる。
    • 対処: 応急処置後、痛みが続く場合や変形がある場合は医療機関を受診。
  • 指の突き指・骨折・靭帯損傷
    • 症状: 指の痛み、腫れ、変形。
    • 原因: 相手の胴着や体を強く掴むこと、あるいは指を極められる、マットに指を突くなど。
    • 対処: 応急処置後、医療機関を受診。

 

下肢の怪我(高頻度)

タックル、投げ技、受け身、そしてマット上での素早い動きが下肢に大きな負担をかけます。

  • 膝関節靭帯損傷(特に前十字靭帯、内側側副靭帯)・半月板損傷
    • 症状: 膝の激しい痛み、腫れ、不安定感、ロッキング(膝が曲げ伸ばしできない状態)。
    • 原因: タックルを受けた際や、投げ技で膝に不自然な力が加わる、あるいはマットへの着地で膝がねじれる。
    • 対処: 直ちに練習を中断し、RICE処置(安静、冷却、圧迫、挙上)を行い、速やかに整形外科を受診しましょう。重度の靭帯損傷や半月板損傷では手術が必要となることがほとんどです。
  • 足関節捻挫
    • 症状: 足首の痛み、腫れ、内出血。ひどい場合は体重をかけられない。
    • 原因: マット上での足のひねり、相手との接触、あるいは受け身での不適切な着地。
    • 対処: RICE処置が基本です。痛みが続く場合や腫れがひどい場合は医療機関を受診し、靭帯の損傷度合いを確認することが重要です。
  • 肉離れ(特にハムストリングス、ふくらはぎ、大腿四頭筋)
    • 症状: 運動中に突然の激痛、へこみや腫れ。
    • 原因: 急なダッシュ、素早い動き、投げ技の際の強い筋力発揮、柔軟性不足、ウォーミングアップ不足。
    • 対処: 直ちに活動を中断し、RICE処置を速やかに行い、医療機関を受診しましょう。

 

体幹・首の怪我(重篤な可能性あり)

投げ技や関節技、そして頭部が直接マットに接触することで発生します。

  • 首の怪我(頸椎捻挫、むちうち、頸椎椎間板ヘルニアなど)
    • 症状: 首の痛み、張り、可動域の制限。ひどい場合は手足のしびれ、麻痺。
    • 原因: 投げ技をかけられた際の不適切な受け身や頭部からの落下、あるいは首を極められるなど、頸椎に無理な力が加わること。
    • 対処: 痛みが続く場合や神経症状を伴う場合は速やかに医療機関を受診しましょう。重度の場合は固定や手術が必要となることがあります。
  • 腰痛(筋・筋膜性腰痛、腰椎椎間板ヘルニア、腰椎分離症など)
    • 症状: 腰の重だるさ、張り、特定の動作での痛み。ひどい場合はお尻や足への放散痛やしびれ。
    • 原因: 投げ技や持ち上げる動作での腰への過度な負担、体幹の安定性不足、柔軟性不足、繰り返しのオーバーユース
    • 対処: 急性期は安静アイシング。痛みが落ち着いたら温熱ケアストレッチ、そして体幹の強化が重要です。痛みが続く場合や神経症状を伴う場合は医療機関を受診。
  • 肋骨(ろっこつ)骨折/打撲
    • 症状: 脇腹や胸の痛み、特に呼吸時や体をひねる動作で痛みが強くなる。
    • 原因: 相手選手との激しい衝突、投げ技によるマットへの強打。
    • 対処: アイシング。痛みが続く場合や呼吸困難を伴う場合は医療機関を受診。

 

頭部・顔面・耳の怪我

相手との接触やマットへの強打が原因となります。

  • 脳震盪(のうしんとう)
    • 症状: 頭痛、めまい、吐き気、平衡感覚の障害、意識混濁、記憶障害など。
    • 原因: 頭部をマットに強打する、あるいは相手選手との頭部同士の衝突。
    • 対処: 直ちに活動を中止し、速やかに医療機関を受診することが必須です。症状が軽いと思われても、必ず医師の診断を受けましょう。
  • 顔面打撲・鼻骨骨折・歯の損傷・裂傷
    • 症状: 顔面の痛み、腫れ、内出血、変形、出血。
    • 原因: 相手の腕や体、あるいはマットへの衝突。
    • 対処: 出血がある場合は止血し、腫れや変形がある場合は速やかに医療機関(耳鼻咽喉科、歯科、口腔外科など)を受診しましょう。
    • 予防: ヘッドギア、マウスガードの着用
  • 耳介(じかい)血腫(カリフラワー耳)
    • 症状: 耳の腫れ、変形、痛み。
    • 原因: 耳への繰り返し摩擦や打撲。特に耳が擦れたり、潰されたりすることで軟骨と皮膚の間に血液が溜まる。
    • 対処: 早期の処置が重要です。医療機関を受診し、貯留した血液を抜き取る処置(穿刺・吸引)を行う必要があります。放置すると耳が変形してしまいます。
    • 予防: ヘッドギアの着用(必須)

 

その他(全身の怪我)

  • 打撲・擦り傷
    • 症状: 皮膚の損傷、出血、痛み、腫れ。
    • 原因: マットとの摩擦、相手選手との接触。
    • 対処: 清潔な処置。深い傷や出血が多い場合は医療機関を受診。
  • 熱中症
    • 症状: 頭痛、めまい、吐き気、倦怠感、発汗異常、意識障害など。
    • 原因: 体育館などでの長時間の練習、不十分な水分補給。
    • 対処: 涼しい場所への移動、水分・塩分補給。症状が改善しない場合や意識障害がある場合は速やかに医療機関を受診しましょう。
    • 予防: 十分な水分補給、適切な休憩、暑い時間帯を避けた活動

 

怪我の予防のために

レスリングにおける怪我のリスクを減らすためには、以下の点に注意することが非常に重要です。特に、そのコンタクトの性質上、適切な保護具の着用と安全意識、そして基本技術の徹底が不可欠です。

  • 適切な保護具の着用(必須):
    • ヘッドギア: 耳介血腫の予防に必須であり、頭部への衝撃を和らげる効果もあります。
    • マウスガード(マウスピース): 歯や顎の損傷、脳震盪のリスク軽減に非常に有効であり、着用が強く推奨されます。
    • ニーパッド(膝用プロテクター): 膝の打撲や擦り傷、関節への衝撃を和らげます。
    • シンガード(すね当て): すねへの打撲を防ぎます。
    • レスリングシューズ: グリップ力と足首のサポートがあるものを選びましょう。
  • 十分なウォーミングアップとクールダウン(最も重要):
    • 練習や試合前には全身をしっかり温め、特に首、肩、肘、手首、腰、股関節、膝、足首など、レスリングの多様な動きに関わる全ての関節と筋肉を動かす動的ストレッチを重点的に行いましょう。全身の関節の可動域を広げ、筋肉の温度を高めることで、急な動きや大きな可動域での怪我を防ぎます。
    • 練習後には使った筋肉の静的ストレッチを丁寧に行い、クールダウンすることで疲労回復を促し、柔軟性を維持できます。特に、全身の柔軟性を高めることが重要です。
  • 正しい受け身と基本技術の徹底(最も重要):
    • 安全な受け身の技術を徹底的に習得することが、投げ技による重篤な怪我(特に頸椎や肩、肘)の予防に最も重要です。
    • 投げ技、タックル、組み手など、全ての基本技術を段階的に習得し、無理のない範囲で練習を進めましょう。自己流の危険な技は絶対に行わないようにしましょう。
  • 筋力トレーニングと柔軟性の向上:
    • レスリングに必要な全身の筋力、特に体幹(コア)の安定性首の筋力、そして全身の持久力と瞬発力をバランスよく鍛えることが、パフォーマンス向上と怪我の予防に繋がります。
    • 全身の柔軟性、特に首、肩、股関節、脊柱、ハムストリングス、膝、足首の柔軟性を高めることで、無理のない可動域で動作を行え、関節の極め技などによる怪我のリスクを減らせます。
  • 段階的な練習量・強度の増加と休息:
    • 急激な運動量や強度の増加は避け、無理のない範囲で徐々に体を慣らしていきましょう。疲労が蓄積している場合は無理せず休養を取りましょう。
  • 体調管理と栄養・休息:
    • バランスの取れた食事で、筋肉や関節の回復に必要な栄養をしっかり摂りましょう。
    • 十分な睡眠を確保し、疲労回復と体の修復を促しましょう。
    • こまめな水分補給も忘れずに行いましょう。
  • 安全な練習環境の整備:
    • 練習は、十分な広さがあり、適切な厚さのマットが敷かれた場所で行いましょう。
    • 相手との組手練習では、ルールを遵守し、相手への配慮を忘れずに行いましょう。指導者の監督下で安全に進めることが重要です。
  • 症状の早期発見と対処:
    • 痛みや違和感がある場合は無理せず練習を中断し、必要であれば医療機関を速やかに受診しましょう。「少しの痛みだから」と我慢して続けることは、軽度な症状を重症化させる最大の要因ですし、長期的なパフォーマンス低下や競技を続けること自体が困難になる可能性もあります。