相撲は、土俵上で互いの肉体をぶつけ合い、相手を倒すか土俵の外に出すことを目的とした、非常に激しいコンタクトスポーツです。
立ち合いでの衝撃、組み合った際の力のぶつかり合い、投げ技、そして倒れた際の衝撃など、全身に極限的な負荷がかかります。
そのため、膝、足首といった下肢の関節、そして肩、肘といった上肢の関節、腰、頸部に、急性外傷（骨折、脱臼、靭帯損傷など）や、慢性的なオーバーユース（使いすぎ）による痛みが非常に多く見られます。
また、巨漢の力士にとっては、体重負荷による関節への負担も大きいです。
ここでは、相撲で発生しやすい外傷や怪我を、主な部位ごとにまとめて解説します。
※接骨院では施術困難な外傷・怪我も情報として、まとめさせていただきます。
相撲で発生しやすい怪我・痛み
膝の怪我（最も高頻度かつ重篤な可能性あり）
立ち合いの衝撃、低い姿勢での踏ん張り、投げ技や倒れた際のひねりなど、膝には極めて大きな負担がかかります。
- 半月板損傷・靭帯損傷（特に前十字靭帯、内側側副靭帯）
- 症状: 膝の激しい痛み、腫れ、不安定感、ロッキング（膝が曲げ伸ばしできない状態）。
- 原因: 立ち合いでの膝への直接的な衝撃、投げ技や倒れた際の膝のねじれ、あるいは無理な体勢での踏ん張り。
- 対処: 直ちに相撲を中断し、RICE処置（安静、冷却、圧迫、挙上）を行い、速やかに整形外科を受診しましょう。重度の損傷の場合、手術が必要となることがほとんどです。
- 膝蓋腱炎（ジャンパー膝に類似）
- 症状: 膝のお皿のすぐ下（膝蓋腱部）に痛みが生じる。特に立ち合いや踏み込み、深く膝を曲げる際に痛みが強くなる。
- 原因: 立ち合いや四股など、膝を屈伸させる動作の繰り返しによる膝蓋腱への過度な負荷（オーバーユース）。大腿四頭筋の筋力不足や柔軟性不足なども影響します。
- 対処: 安静、アイシング、大腿四頭筋やハムストリングスのストレッチと強化。痛みが続く場合は医療機関を受診しましょう。
- 膝蓋大腿関節痛症候群
- 症状: 膝のお皿の裏側や周囲の痛み。特に膝を曲げ伸ばしする際や、階段の昇降、蹲踞（そんきょ）などで痛みが強くなる。
- 原因: 蹲踞や立ち合いでの膝の繰り返し負荷、大腿四頭筋の筋力不足やバランスの悪さなど。
足首・足部の怪我
立ち合い、踏ん張り、投げられた際の着地などで足首に大きな負担がかかります。
- 足関節捻挫（最も高頻度）
- 症状: 足首の痛み、腫れ、内出血。ひどい場合は体重をかけられない。
- 原因: 立ち合いでの不意なバランスの崩れ、踏ん張る際の足首のひねり、投げられた際の不適切な着地。
- 対処: RICE処置が基本です。医療機関を受診し、靭帯の損傷度合いを確認することが重要です。適切なリハビリテーションを行わないと再発しやすい怪我です。
- アキレス腱断裂・アキレス腱炎
- 症状: （断裂）アキレス腱部の激しい痛み、アキレス腱部にへこみ、歩けない。足首を動かせない。（炎症）アキレス腱周辺の痛み、腫れ。
- 原因: 立ち合いでの瞬間的な強い蹴り出し、あるいは繰り返し負荷によるオーバーユース。
- 対処: 断裂の場合は緊急手術がほとんどです。炎症の場合は安静とアイシング、ストレッチ。
- 足底筋膜炎（そくていきんまくえん）
- 症状: かかとの足の裏側、特に土踏まずからかかとにかけての痛み。特に立ち合いや踏み込み時に痛みが強くなる。
- 原因: 立ち合いや踏ん張り、四股など、足底筋膜への繰り返し負荷（オーバーユース）。
腰・脊柱・頸部の怪我（重篤な可能性あり）
立ち合いの衝撃、相手を抱え上げたり、投げたりする際の体幹への負荷、そして倒れた際の衝撃が原因となります。
- 腰椎分離症・椎間板ヘルニア・腰椎捻挫
- 症状: 腰の痛み、重だるさ、張り。ひどい場合はお尻や足への放散痛やしびれ。
- 原因: 立ち合いの強い衝撃と繰り返し負荷、相手を抱え上げたり投げたりする際の体幹のひねりや屈曲・伸展動作、体幹の安定性不足、柔軟性不足、繰り返しのオーバーユース。
- 対処: 急性期は絶対安静とアイシングが必須です。痛みが続く場合や神経症状を伴う場合は速やかに整形外科を受診しましょう。
- 頸椎捻挫・椎間板ヘルニア・むち打ち
- 症状: 首の痛み、首が動かせない、腕や手への放散痛やしびれ。頭痛、めまい。
- 原因: 立ち合いでの首への直接的な衝撃、投げられた際の頭部や首への衝撃。
- 対処: 直ちに相撲を中止し、速やかに医療機関を受診することが必須です。特に神経症状を伴う場合は緊急性が高いです。
- 脳震盪
- 症状: 頭痛、めまい、吐き気、意識混濁、記憶障害など。
- 原因: 立ち合いでの頭部への強い衝撃、あるいは倒れた際に頭部を打ち付ける。
- 対処: 直ちに相撲を中止し、医療機関を受診することが必須です。症状が軽いと思われても、必ず医師の診断を受けましょう。
肩・肘の怪我
相手を掴む、引きつける、投げるといった動作や、倒れた際の手のつき方で発生します。
- 肩関節脱臼・腱板損傷・腱板炎
- 症状: 肩の激しい痛み、腕が動かせない、肩の変形。腕を回す際に痛む。
- 原因: 相手との激しい組み合いや投げ合い、あるいは投げられた際に不適切な体勢で倒れる。
- 対処: 直ちに相撲を中断し、速やかに医療機関を受診し、整復する必要があります。腱板損傷の場合は、安静、リハビリテーション、場合によっては手術も検討されます。
- 肘関節の捻挫・靭帯損傷
- 症状: 肘の痛み、腫れ、動かせない。
- 原因: 相手の腕を引く、相手の腕を絞るといった動作、あるいは倒れた際に不自然な形で肘をつく。
- 対処: RICE処置。痛みが続く場合や脱臼・変形がある場合は医療機関を受診しましょう。
その他の怪我
- 筋肉痛 / 肉離れ
- 症状: 運動後の筋肉の痛み、張り（筋肉痛）。運動中に突然の激痛、へこみや腫れ（肉離れ）。
- 原因: ウォーミングアップ不足、急激な運動量・強度の増加、筋肉の疲労、柔軟性の低下。特に下半身（大腿四頭筋、ハムストリングス、ふくらはぎ、殿筋）、背中、肩、腕などに発生しやすいです。
- 対処: 筋肉痛はストレッチ、温熱ケア、休息。肉離れはRICE処置を速やかに行い、医療機関を受診しましょう。
- 打撲・擦り傷・裂傷
- 症状: 皮膚の損傷、出血、痛み、腫れ。
- 原因: 立ち合いや組み合いでの相手との直接的な接触、土俵への落下。
- 対処: アイシング、清潔な処置。深い傷や出血が多い場合は医療機関を受診。
- 脳震盪後症候群（慢性的な頭痛、めまいなど）
- 症状: 脳震盪を繰り返すことで、頭痛、めまい、集中力の低下、記憶障害、気分の変動などの症状が慢性化する。
- 原因: 繰り返される頭部への衝撃。
- 対処: 長期的な休養、専門医による治療と管理が必須です。
怪我の予防のために
相撲における怪我のリスクを減らすためには、以下の点に注意することが非常に重要です。
- 十分なウォーミングアップとクールダウン（最も重要）:
- 練習や試合前には全身をしっかり温め、特に膝、足首、股関節、腰、頸部、肩、肘など、相撲の全ての動作に関わる関節と筋肉を動かす動的ストレッチを重点的に行いましょう。全身の関節の可動域を広げ、筋肉の温度を高めることで、急な動きや大きな負荷での怪我を防ぎます。
- 練習後には使った筋肉の静的ストレッチを丁寧に行い、クールダウンすることで疲労回復を促し、柔軟性を維持できます。
- 正しいフォームと基本動作の習得:
- 経験豊富な指導者から、効率的で体に負担の少ない立ち合い、組手の取り方、投げ技の基本動作、土俵際の粘り方など、正しいテクニックを学ぶことが何よりも重要です。不適切なフォームや無理な体勢は、特定の部位への過度な負担となり、重篤な怪我の原因となります。
- 特に、体幹を使った安定した重心移動と、衝撃を吸収できる膝と足首の使い方を習得することが不可欠です。
- 全身の筋力トレーニングと柔軟性の向上:
- 相撲に必要な全身の筋力、特に体幹（コア）の安定性、下半身（大腿四頭筋、ハムストリングス、殿筋、ふくらはぎ）の筋力と瞬発力、そして首、肩、背中、腕の筋力をバランスよく鍛えることが、パフォーマンス向上と怪我の予防に繋がります。
- 全身の柔軟性、特に股関節、膝、足首、脊柱、肩、頸部の柔軟性を高めることで、無理のない可動域で動作を行え、怪我のリスクを減らせます。
- 段階的な練習量・強度の増加と休息:
- 急激な練習量や強度の増加は避け、無理のない範囲で徐々に運動量を増やしていきましょう。オーバーユースが怪我の主な原因となるため、適切な休息日を設け、疲労が蓄積している場合は無理せず休養を取りましょう。
- 適切な栄養摂取と体重管理:
- 相撲では体重も重要ですが、筋肉量を増やし、体脂肪率を適切に管理することが重要です。バランスの取れた食事で、筋肉や関節の回復に必要な栄養をしっかり摂りましょう。
- 十分な睡眠を確保し、疲労回復と体の修復を促しましょう。
- こまめな水分補給も忘れずに行いましょう。
- 土俵の適切な管理:
- 土俵の表面が硬すぎず、かつ適切な滑り具合であるかを確認することも、怪我の予防に繋がります。
- 症状の早期発見と対処:
- 痛みや違和感がある場合は無理せず練習や試合を中断し、必要であれば整形外科などの医療機関を速やかに受診しましょう。「少しの痛みだから」と我慢して続けることは、軽度な症状を重症化させる最大の要因ですし、長期的なパフォーマンス低下や競技を続けること自体が困難になる可能性もあります。
