居合道は、日本刀の抜き付けから納刀までの一連の動作を行う武道であり、激しいコンタクトスポーツではありません。
しかし、日本刀(模擬刀・真剣)という重量のある用具を扱い、複雑な型を正確に繰り返すことから、特定の部位に繰り返し負荷がかかる(オーバーユース)ことによる慢性的な痛みや、不注意による急性外傷が発生する可能性があります。
特に、肩、肘、手首、腰、膝といった刀を扱う部位や、座技を行う際に負担がかかる部位に怪我が多く見られます。
ここでは、居合道で発生しやすい外傷や怪我を、主な部位ごとにまとめて解説します。
※接骨院では施術困難な外傷・怪我も情報として、まとめさせていただきます。
居合道で発生しやすい怪我・痛み
肩の怪我(特に刀を持つ利き腕側)
刀を抜き付けたり、振り下ろしたりする動作で肩関節に大きな負担がかかります。
- 腱板炎(けんばんえん)/ 腱板損傷
- 症状: 刀を抜く、振り下ろす、納刀する際に、肩の深部に痛みが生じる。腕を上げたり、特定の方向に動かしたりすると痛むこともある。
- 原因: 抜き付けや振り下ろし、納刀といった反復動作における肩の腱板(ローテーターカフ)への過度な負荷(オーバーユース)。不適切なフォーム(肩をすくめる、過度に肩関節を使うなど)、筋力不足、柔軟性不足が主な原因となります。
- 対処: 安静が重要です。アイシング、炎症を抑える薬の使用、そして肩甲骨の安定化、インナーマッスルの強化、そして正しい刀の操作フォームの修正を中心としたリハビリテーションが重要です。重度の損傷では手術が検討されることもあります。
- 肩関節インピンジメント症候群
- 症状: 刀を抜く動作などで腕を上げた際に、肩の前面や側面に痛みが生じる。特定の角度で腕を動かすと痛みが強くなることが多い。
- 原因: 抜き付けや振り下ろし動作で肩の腱や滑液包が骨に挟まり、炎症を起こす。肩甲骨の動きの悪さや、姿勢の悪さも影響します。
- 対処: 安静、アイシング、姿勢改善、肩甲骨周りのストレッチや筋力強化。
肘・手首・指の怪我
刀を操作し、その重さを支えるために肘や手首、指にも大きな負担がかかります。
- 肘関節の腱炎(上腕骨内側上顆炎/ゴルフ肘、外側上顆炎/テニス肘など)
- 症状: 肘の内側または外側に痛みが生じ、特に刀を操作する際に痛みが強くなる。手首を曲げ伸ばししたり、握り込んだりする動作でも痛むことがある。
- 原因: 抜き付け、斬り下ろし、納刀など、刀を操作する際の肘や前腕の筋肉への繰り返しによる過度な負荷(オーバーユース)。不適切なフォームや、刀を強く握りすぎることなども影響します。
- 対処: 安静が基本です。アイシング、ストレッチ(前腕の筋肉)、肘バンドの使用、フォームの見直しなどが有効です。痛みが引かない場合は整形外科を受診しましょう。
- 手首の腱鞘炎 / 捻挫
- 症状: 手首の痛み、腫れ、動かすと痛む。腱鞘炎の場合は特定の動作で痛みが強くなる。
- 原因: 刀の重さを支え、操作する際に手首に繰り返し負荷がかかることによるオーバーユース。納刀時の手首の不自然なひねりなども原因となります。
- 対処: 安静、アイシング、テーピングやサポーターで保護。痛みが続く場合は医療機関を受診しましょう。
- 突き指・指の痛み
- 症状: 指の関節の痛み、腫れ。
- 原因: 刀を強く握り込む、あるいは抜き付けや納刀時に指に不自然な力がかかる。
- 対処: 安静、アイシング。痛みが続く場合は医療機関を受診。
腰・背中の怪我
抜き付け、振り下ろし、そして座技(正座や膝立ち)など、居合道の多くの動作で腰や背中に負担がかかります。
- 腰痛(筋・筋膜性腰痛、腰椎捻挫、椎間板ヘルニアなど)
- 症状: 腰の重だるさ、張り、特定の動作での痛み。ひどい場合は、足への放散痛やしびれを伴うこともある。
- 原因: 抜き付けや振り下ろしにおける体幹の不適切な姿勢(腰の反りすぎ、丸めすぎ、ねじれ)、体幹の筋力不足、そして座技(正座、膝立ちからの立ち上がりなど)における腰への繰り返し負荷。
- 対処: 急性期は安静とアイシング。痛みが落ち着いたら温熱ケア、ストレッチ、そして体幹の強化(腹筋、背筋、殿筋など)が特に重要です。痛みが続く場合や神経症状を伴う場合は整形外科を受診し、適切な診断と治療を受けましょう。
- 脊柱起立筋の痛み・張り
- 症状: 背中の中央から腰にかけての痛みや強い張り。
- 原因: 刀を操作し、姿勢を維持するために脊柱起立筋に継続的に力がかかることによる疲労や過負荷。
- 対処: ストレッチ、温熱ケア、マッサージ。体幹の強化も重要です。
膝・足首の怪我
座技からの立ち上がりや、足捌き(すり足など)の動作で膝や足首に負担がかかります。
- 膝蓋大腿関節症(しつがいだいたいかんせつしょう)/ 膝蓋骨軟骨軟化症
- 症状: 膝のお皿の裏側や周囲の痛み。特に正座や膝立ち、立ち上がり動作で痛みが強くなる。
- 原因: 正座や膝立ちといった膝を深く曲げる姿勢や、そこからの立ち上がりにおける膝への繰り返し負荷。オーバーユースや、大腿四頭筋の筋力不足やバランスの悪さも影響します。
- 対処: 安静、アイシング、大腿四頭筋(特に内側広筋)の強化、ストレッチ。医療機関での診断と治療が必要です。
- 膝関節の腱炎(膝蓋腱炎、鵞足炎など)
- 症状: 膝のお皿の下や、膝の内側下部の痛み。
- 原因: 座技からの立ち上がりや、足捌きにおける膝への繰り返し負荷(オーバーユース)。
- 対処: 安静、アイシング、ストレッチ。痛みが続く場合は医療機関を受診しましょう。
- 足関節の痛み(正座による足首の圧迫痛、腱の痛みなど)
- 症状: 正座中や正座後に足首や足の甲の痛み、しびれ。
- 原因: 長時間の正座による足首への圧迫や、足首の柔軟性不足。
- 対処: 正座の頻度や時間を調整する、足首のストレッチを行う。痛みが続く場合は医療機関を受診。
その他の怪我
- 皮切(ひきり)/ 鞘走り(さやばしり)
- 症状: 刀の抜き付けや納刀時に、親指や人差し指、あるいは手のひらが切れる。
- 原因: 鞘から刀を抜く際や納める際に、刃が指に触れてしまう。不注意や未熟な技量、集中力の欠如が原因。
- 対処: 出血を伴う切り傷のため、清潔にし、適切な処置を行う。深い傷であれば医療機関を受診し、縫合が必要な場合もある。
- 予防: 正しい抜き付け・納刀の練習と徹底。集中力を高め、慌てず丁寧に行う。
怪我の予防のために
居合道における怪我のリスクを減らすためには、以下の点に注意することが非常に重要です。
- 正しいフォームと技術の習得と維持(最も重要):
- 専門の指導者から、身体に負担の少ない、安全で効率的な刀の操作(抜き付け、斬り、納刀)のフォームを学ぶことが何よりも重要です。特に、体幹を意識した軸の安定、肩甲骨の適切な使用、肘や手首の無理のない角度を意識しましょう。
- 座技においても、正しい正座の姿勢や、膝・腰に負担の少ない立ち上がり方を習得することが大切です。
- 十分なウォーミングアップとクールダウン:
- 稽古前には全身をしっかり温め、特に肩、肘、手首、腰、膝、足首など、居合道の動作に関わる全ての関節と筋肉を動かす動的ストレッチを重点的に行いましょう。
- 稽古後には使った筋肉の静的ストレッチを行い、クールダウンすることで疲労回復を促し、柔軟性を維持できます。
- 筋力トレーニングと柔軟性の向上:
- 居合道に必要な体幹(コア)の安定性と、肩、背中、腕、腰、下肢の筋力をバランスよく鍛えましょう。特に、刀の重さを支えるための握力や前腕の筋力も重要です。
- 全身の柔軟性、特に肩、胸、背中、股関節、膝、足首の柔軟性を高めることで、無理のない可動域で動作を行え、怪我のリスクを減らせます。特に正座や膝立ちでの膝・足首の負担を軽減するため、これらの関節の柔軟性向上は必須です。
- 段階的な練習量・強度の増加と休息:
- 急激な練習量や型の反復回数の増加は避け、段階的に負荷を上げていきましょう。特に、新しい型や難しい型に挑戦する際は、焦らず丁寧に行うことが大切です。
- オーバーユースによる慢性的な痛みを防ぐため、適切な休息日を設け、疲労が蓄積している場合は無理せず休養を取りましょう。
- 適切な用具の選択と管理:
- 自身の体力や技術レベルに合った重さや長さの模擬刀を選びましょう。真剣を使う場合は、より慎重な扱いが求められます。
- 道着や袴は、動きやすさを考慮した適切なサイズのものを着用しましょう。
- 集中力を高める:
- 居合道は精密な動作が求められるため、常に集中力を維持し、漫然と稽古を行わないことが重要です。特に、真剣を扱う場合は、集中力の欠如が重篤な事故につながる可能性があります。
- 指導者の指示に従う:
- 安全に稽古を進めるためにも、指導者の指示を厳守し、正しい指導のもとで技術を習得することが不可欠です。
- 栄養と休息:
- バランスの取れた食事で、筋肉や関節の回復に必要な栄養をしっかり摂りましょう。
- 十分な睡眠を確保し、疲労回復と体の修復を促しましょう。
- 症状の早期発見と対処:
- 痛みや違和感がある場合は無理せず練習を中断し、必要であれば整形外科などの医療機関を速やかに受診しましょう。「少しの痛みだから」と我慢して続けることは、軽度な症状を重症化させる最大の要因です。