馬術は、馬と人が一体となって運動を行う競技であり、その種類(障害馬術、馬場馬術、総合馬術など)によって特性は異なりますが、共通して落馬、馬による踏みつけや蹴り、そして長時間の騎乗による身体への負担が原因で、様々な怪我や痛みのリスクを伴います。
特に、頭部、鎖骨、肩、脊柱といった上体や、膝、足首といった下肢に、骨折、捻挫、打撲、脳震盪などの急性外傷が頻繁に発生します。
また、騎乗姿勢の維持や特定の動作の繰り返しによるオーバーユース(使いすぎ)による慢性的な痛みも多く見られます。
ここでは、馬術で発生しやすい外傷や怪我を、主な部位ごとにまとめて解説します。
※接骨院では施術困難な外傷・怪我も情報として、まとめさせていただきます。
馬術で発生しやすい怪我・痛み
上体の怪我(重篤な可能性あり)
落馬時や馬からの衝撃が原因で発生しやすく、特に頭部や脊柱の怪我は生命に関わる場合があります。
- 頭部外傷(脳震盪、頭蓋骨骨折など)
- 症状: 頭痛、めまい、吐き気、意識混濁、記憶障害、集中力の低下など。重度の場合は意識消失。
- 原因: 落馬時に頭部を地面や障害物に打ち付けること。
- 対処: 直ちに活動を中止し、速やかに医療機関を受診することが必須です。症状が軽いと思われても、必ず医師の診断を受けましょう。
- 予防: 乗馬用ヘルメットの正しい着用(必須)。
- 鎖骨骨折・肩関節脱臼/亜脱臼・肩鎖関節脱臼
- 症状: 肩や鎖骨の激しい痛み、腫れ、変形、腕を動かせない。
- 原因: 落馬時に肩から地面に打ち付けることによる直接的な衝撃。
- 対処: 直ちに活動を中止し、速やかに医療機関を受診しましょう。脱臼の場合は整復が必要です。
- 脊柱(せきちゅう)損傷(脊椎骨折、椎間板ヘルニア、脊髄損傷など)
- 症状: 背中や腰の激しい痛み、手足のしびれ、麻痺、感覚の喪失。
- 原因: 落馬時に背中から落下すること、あるいは馬による踏みつけや蹴り。
- 対処: 直ちに動きを止め、無理に動かさず、速やかに救急車を呼び、専門医の診断を仰ぐことが必須です。
- 予防: エアバッグベストやプロテクターの着用、正しい騎乗姿勢の維持。
- 腰痛(筋・筋膜性腰痛、椎間板ヘルニアなど)
- 症状: 腰の重だるさ、張り、特定の動作での痛み。ひどい場合はお尻や足への放散痛やしびれ。
- 原因: 長時間の騎乗による腰部への持続的な負荷、正しい姿勢の維持による筋肉疲労、馬の動きに合わせた体幹のひねりやバランス調整。
- 対処: 安静、ストレッチ、体幹の強化。痛みが続く場合は医療機関を受診。
下肢の怪我
落馬時や馬に踏まれたり蹴られたりすること、鐙(あぶみ)による摩擦などが原因となります。
- 足関節捻挫・骨折
- 症状: 足首の痛み、腫れ、内出血。ひどい場合は体重をかけられない。
- 原因: 落馬時の不不適切な着地、馬による踏みつけ、あるいは鐙から足が外れずにひねられる。
- 対処: RICE処置(安静、冷却、圧迫、挙上)が基本です。痛みが続く場合や腫れがひどい、変形している場合は医療機関を受診し、骨折や靭帯の損傷度合いを確認することが重要です。
- 膝関節靭帯損傷・半月板損傷
- 症状: 膝の激しい痛み、腫れ、不安定感、ロッキング(膝が曲げ伸ばしできない状態)。
- 原因: 落馬時の膝のねじれや過伸展、馬に蹴られる、あるいは長時間の騎乗による膝への負担。
- 対処: 直ちに活動を中断し、RICE処置を行い、速やかに整形外科を受診しましょう。重度の損傷の場合、手術が必要となることがほとんどです。
- 下腿(かたい)の打撲・骨折
- 症状: 下腿(すねやふくらはぎ)の痛み、腫れ、内出血。ひどい場合は変形、体重をかけられない。
- 原因: 馬による蹴り、あるいは馬具(鞍や鐙)との衝突。
- 対処: アイシング。痛みが続く場合や腫れがひどい場合は医療機関を受診。
その他の怪我
- 手首の捻挫・骨折
- 症状: 手首の痛み、腫れ、変形。
- 原因: 落馬時に手をつくことによる手首への衝撃。
- 対処: RICE処置が基本です。骨折の疑いがある場合は速やかに医療機関を受診。
- 指の骨折・捻挫・裂傷
- 症状: 指の痛み、腫れ、変形、出血。
- 原因: 手綱が指に絡まる、あるいは馬具に挟まれる。
- 対処: 応急処置後、医療機関を受診。
- 会陰(えいん)部・股関節痛
- 症状: 股関節周囲や股間の痛み。
- 原因: 長時間の騎乗による股関節や会陰部への圧迫と摩擦。特に初心者や、不適切な鞍やパッドの使用。
- 対処: 適切な騎乗姿勢、適切な鞍や乗馬用品の選択、休憩。痛みが続く場合は医療機関を受診。
- 打撲・擦り傷・裂傷
- 症状: 皮膚の損傷、出血、痛み、腫れ。
- 原因: 落馬、馬具との接触、馬による接触。
- 対処: アイシング、清潔な処置。深い傷や出血が多い場合は医療機関を受診。
- 脱水症状・熱中症
- 症状: 頭痛、めまい、吐き気、倦怠感、発汗異常、意識障害など。
- 原因: 夏季の屋外での長時間の騎乗、不十分な水分補給。
- 対処: 涼しい場所への移動、水分・塩分補給。症状が改善しない場合や意識障害がある場合は速やかに医療機関を受診しましょう。
- 予防: 十分な水分補給、適切な休憩、暑い時間帯を避けた活動。
怪我の予防のために
馬術における怪我のリスクを減らすためには、以下の点に注意することが非常に重要です。特に、動物を扱うスポーツであるため、馬への理解と適切な安全対策が不可欠です。
- 適切な保護具の着用(必須):
- 乗馬用ヘルメット: 頭部外傷の予防に最も重要であり、着用が必須です。あご紐をしっかり締め、頭にフィットするものを選びましょう。
- 乗馬用ブーツ: 落馬時に鐙から足が外れやすいよう、かかとのあるブーツを選びましょう。足首や下腿を保護する効果もあります。
- グローブ(手袋): 手綱による摩擦やマメを防ぎます。
- プロテクター/エアバッグベスト: 脊柱や肋骨の損傷リスクを軽減します。特に障害馬術や総合馬術では着用が推奨されます。
- ボディプロテクター: 肋骨や内臓の保護に役立ちます。
- 適切な指導者の下での練習(最も重要):
- 経験豊富で資格を持つ指導者から、馬の扱い方、騎乗姿勢、馬とのコミュニケーション方法、そして緊急時の対処法を学ぶことが不可欠です。
- 馬の習性や性格を理解し、安全な接し方を学ぶことも非常に重要です。
- 正しい騎乗姿勢とバランス感覚の習得:
- 安定した正しい騎乗姿勢を身につけることで、落馬のリスクを減らし、身体への負担を軽減できます。特に、馬の動きに合わせて腰や股関節の柔軟性を保ち、バランスを取る能力を養うことが重要です。
- 鐙を正しく踏み、落馬時にも安全に足が外れるように練習しましょう。
- 馬への理解とコミュニケーション:
- 馬は生き物であり、常に予測不能な動きをする可能性があります。馬の気持ちや状態を理解し、常に注意を払うことで、不意の事故を防ぐことができます。
- 馬に近づく際や手入れをする際も、常に安全を意識しましょう。
- 筋力トレーニングと柔軟性の向上:
- 馬術に必要な全身の筋力、特に体幹(コア)の安定性、下肢(内転筋、大腿四頭筋、ハムストリングス、殿筋)の筋力と持久力、そして肩や腕、背中の筋力をバランスよく鍛えることが、パフォーマンス向上と怪我の予防に繋がります。
- 全身の柔軟性、特に股関節、膝、足首、脊柱、肩の柔軟性を高めることで、無理のない可動域で動作を行え、オーバーユース障害のリスクを減らせます。
- 馬具の点検とメンテナンス:
- 騎乗前には、鞍、鐙、手綱、頭絡(とうらく)など、全ての馬具に破損がないか、正しく装着されているかを必ず確認しましょう。馬具の不備は事故に直結します。
- 体調管理と栄養・休息:
- バランスの取れた食事で、筋肉や関節の回復に必要な栄養をしっかり摂りましょう。
- 十分な睡眠を確保し、疲労回復と体の修復を促しましょう。
- こまめな水分補給も忘れずに行いましょう。
- 症状の早期発見と対処:
- 痛みや違和感がある場合は無理せず活動を中断し、必要であれば医療機関を速やかに受診しましょう。「少しの痛みだから」と我慢して続けることは、軽度な症状を重症化させる最大の要因ですし、長期的なパフォーマンス低下や競技を続けること自体が困難になる可能性もあります。