ハードル走は、短距離走のスピードに加え、ハードルをまたぎ越える高度なリズム感と柔軟性、そして全身の協調性が求められる陸上競技です。
ハードルを越える際の股関節の大きな可動域、着地時の衝撃、そして急激な加速と減速が身体に大きな負担をかけます。
そのため、ハムストリングス、股関節、膝といった下肢の筋肉や関節に、肉離れ、腱炎、捻挫などの急性外傷が非常に多く見られます。
また、繰り返し行われるハードリング動作によるオーバーユース(使いすぎ)による慢性的な痛みも発生します。
不適切なフォームや、柔軟性・筋力不足は怪我のリスクを著しく高めます。
ここでは、ハードル走で発生しやすい外傷や怪我を、主な部位ごとにまとめて解説します。
※接骨院では施術困難な外傷・怪我も情報として、まとめさせていただきます。
ハードル走で発生しやすい怪我・痛み
下肢の怪我(最も高頻度)
ハードルをまたぎ越える動作と、その前後のスプリントが下肢に大きな負担をかけます。
- ハムストリングスの肉離れ(最も高頻度)
- 症状: 太ももの裏側に突然の激痛、へこみや腫れ。
- 原因: ハードルを越える際のリード脚(先行脚)の振り上げやトレーリング脚(抜き足)の引き付け、あるいはスプリント中の急激な加速。柔軟性不足、ウォーミングアップ不足、疲労が主な原因です。
- 対処: 直ちにプレーを中断し、RICE処置(安静、冷却、圧迫、挙上)を速やかに行い、医療機関を受診しましょう。
- 股関節痛(股関節屈筋群の腱炎、グロインペイン症候群など)
- 症状: 股関節の前方、あるいは鼠径部(そけいぶ)に痛み。特にハードルを越える際の脚の振り上げや開脚動作で痛みが強くなる。
- 原因: ハードルを越える際の股関節の過度な屈曲・外転・外旋、あるいは股関節周囲の筋肉(特に腸腰筋)への繰り返し負荷(オーバーユース)。股関節の柔軟性不足や筋力不足。
- 対処: 安静、アイシング、股関節周囲のストレッチと筋力強化。痛みが続く場合は医療機関を受診し、適切な診断を受けることが重要です。
- 膝関節痛(ジャンパー膝、ランナー膝、オスグッド・シュラッター病など)
- 症状: 膝のお皿の下、または周囲の痛み。特に着地時やスプリント、屈伸動作で痛みが強くなる。
- 原因: ハードルを越えた後の着地衝撃の繰り返し、スプリントによる膝への過度な負荷(オーバーユース)。大腿四頭筋やハムストリングスの筋力不足や柔軟性不足、不適切なフォームも影響します。
- 対処: 安静、アイシング、大腿四頭筋やハムストリングスの強化、ストレッチ。サポーターの使用も有効です。痛みが続く場合は整形外科を受診し、適切な診断と治療を受けましょう。
- 足関節捻挫
- 症状: 足首の痛み、腫れ、内出血。ひどい場合は体重をかけられない。
- 原因: ハードル越え後の着地ミス、あるいは走行中の不意なひねり。
- 対処: RICE処置が基本です。痛みが続く場合や腫れがひどい場合は医療機関を受診し、靭帯の損傷度合いを確認することが重要です。
- シンスプリント(脛骨過労性骨膜炎)
- 症状: すねの内側の下の方に痛みが生じる。運動時に痛みが強くなり、安静にすると軽減する。
- 原因: 短距離走の繰り返しや着地衝撃、不適切なシューズ、足首の柔軟性不足などが原因で、すねの筋肉や骨膜に炎症が起こる。
- 対処: 安静、アイシング、ストレッチ(ふくらはぎ)、インソールの使用。痛みが続く場合は医療機関を受診。
- 大腿四頭筋の肉離れ
- 症状: 太ももの前面に突然の激痛、へこみや腫れ。
- 原因: ハードルを越える際の着地や、スプリント中の急激な加速。ハムストリングスと同様、柔軟性不足や疲労が主な原因です。
- 対処: 直ちに活動を中断し、RICE処置を速やかに行い、医療機関を受診しましょう。
体幹・腰の怪我
ハードリング動作での体幹のひねりや安定性、着地時の衝撃が腰に負担をかけます。
- 腰痛(筋・筋膜性腰痛、腰椎捻挫、椎間板ヘルニアなど)
- 症状: 腰の重だるさ、張り、特定の動作での痛み。ひどい場合は足への放散痛やしびれ。
- 原因: ハードルを越える際の体幹のひねり動作や、着地時の衝撃、体幹の安定性不足、柔軟性不足、繰り返しのオーバーユース。
- 対処: 急性期は安静とアイシング。痛みが落ち着いたら温熱ケア、ストレッチ、そして体幹の強化が重要です。痛みが続く場合や神経症状を伴う場合は医療機関を受診。
その他(全身の怪我)
- 打撲・擦り傷
- 症状: 皮膚の損傷、出血、痛み、腫れ。
- 原因: ハードルにぶつかること、転倒。
- 対処: アイシング、清潔な処置。深い傷や出血が多い場合は医療機関を受診。
- 熱中症
- 症状: 頭痛、めまい、吐き気、倦怠感、発汗異常、意識障害など。
- 原因: 夏季の屋外での長時間の練習、不十分な水分補給。
- 対処: 涼しい場所への移動、水分・塩分補給。症状が改善しない場合や意識障害がある場合は速やかに医療機関を受診しましょう。
- 予防: 十分な水分補給、適切な休憩、暑い時間帯を避けた活動。
怪我の予防のために
ハードル走における怪我のリスクを減らすためには、以下の点に注意することが非常に重要です。特に、身体への負担が大きいスポーツであるため、適切なフォームと計画的なトレーニングが不可欠です。
- 十分なウォーミングアップとクールダウン(最も重要):
- 練習や試合前には全身をしっかり温め、特に股関節、ハムストリングス、大腿四頭筋、膝、足首、体幹など、ハードル走の多様な動きに関わる全ての関節と筋肉を動かす動的ストレッチを重点的に行いましょう。全身の関節の可動域を広げ、筋肉の温度を高めることで、急な動きや大きな可動域での怪我を防ぎます。
- 練習後には使った筋肉の静的ストレッチを丁寧に行い、クールダウンすることで疲労回復を促し、柔軟性を維持できます。特に、ハムストリングス、股関節、ふくらはぎのストレッチは入念に行いましょう。
- 正しいハードリングフォームの習得(最も重要):
- 経験豊富な指導者から、効率的で身体に負担の少ないハードリングフォームを学ぶことが何よりも重要です。特に、股関節の柔軟性を最大限に活用し、腰への負担を減らすリード脚とトレーリング脚の動き、そして着地時の衝撃吸収を習得しましょう。ビデオ撮影などを活用したフォームチェックも有効です。
- 筋力トレーニングと柔軟性の向上:
- ハードル走に必要な全身の筋力、特にハムストリングス、大腿四頭筋、殿筋(お尻の筋肉)といった下肢の筋力、そして体幹(コア)の安定性をバランスよく鍛えることが、パフォーマンス向上と怪我の予防に繋がります。
- 全身の柔軟性、特に股関節(開脚、屈曲、伸展)、ハムストリングス、ふくらはぎの柔軟性を高めることで、無理のない可動域でハードリング動作を行え、肉離れなどのリスクを減らせます。
- 段階的な練習量・強度の増加と休息:
- 急激な運動量や強度の増加は避け、無理のない範囲で徐々に体を慣らしていきましょう。オーバーユースが怪我の主な原因となるため、適切な休息日を設け、疲労が蓄積している場合は無理せず休養を取りましょう。
- 適切なスパイクシューズの選択:
- ハードル走に適した、足にフィットし、グリップ力とクッション性のバランスが良いスパイクシューズを選びましょう。合わないシューズは、足元への負担を増やし、怪我のリスクを高めます。
- 体調管理と栄養・休息:
- バランスの取れた食事で、筋肉や関節の回復に必要な栄養をしっかり摂りましょう。
- 十分な睡眠を確保し、疲労回復と体の修復を促しましょう。
- こまめな水分補給も忘れずに行いましょう。
- 症状の早期発見と対処:
- 痛みや違和感がある場合は無理せず練習を中断し、必要であれば医療機関を速やかに受診しましょう。「少しの痛みだから」と我慢して続けることは、軽度な症状を重症化させる最大の要因ですし、長期的なパフォーマンス低下や競技を続けること自体が困難になる可能性もあります。